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心に留まる宿 “f分の1でゆらぐ” LOG

小川のせせらぎや、星のまたたきに対して私たちは無条件に心を開かれ、美しさを感じる。それらの動きは半分予測できて、半分予測できないという性質があり、脳はこの刺激を受けとると、心地よい、美しいと感じるようだ。このような自然界に見られる不安定なゆらぎは「f分の1のゆらぎ」と呼ばれる。

広島県の尾道は「坂のまち」と呼ばれており、かつて海運の主要港とされた尾道水道から、山肌沿いに向け坂道が幾つも伸びている。住宅や寺社、小商いをする店は所狭く集まり、その合間では猫がまどろむ。井戸端会議をする住民の横を抜け、小川を渡った路地の先にある小さな看板は、まるで迷路の入り口で、それに吸い込まれると来た道がわからなくなる。

LOGはそんな坂の中腹、階段を100段近く登った山手と呼ばれる地域に立地する。

1963年に建てられた「新道アパート」はその眺めの良さから、かつて尾道に住む新婚カップルから高い人気を得た集合住宅。20世帯以上の住人が暮らしていたが、自動車が入れない狭い斜面に立地するためか、長期間空き家となっていた。

建築家や職人、アーティストが在籍するスタジオ・ムンバイにより改修が施されたLOG。3階建の建物に客室は3階の6室のみであり、1、2階にはショップ兼エントランス、ギャラリー、カフェ&バー、パブリックトイレなどが設けられている。敷地の半分以上が宿泊客以外も利用できる公共性の高い計画で、オープンスペースでは作家が制作した作品の展示販売や音楽鑑賞会などのイベントが行われる。

現地の素材と工法を用い、文化風土を織り込むことに重きを置くスタジオ・ムンバイ代表ビジョイ氏。施設の各所には手仕事の跡が残っている。

中庭の動線に埋め込まれた瓦は日本家屋を解体した際に出たものを再利用しており、大きな石については採石場から坂を何度も往復し運び込んだものだという。客室は和紙職人ハタノワタル氏が制作した和紙が床、壁、天井を包んでおり、少し土っぽさが感じられるその質感は、異質でありながらも、どこか安心感を覚える。

手仕事の考えはソフトな部分にも行き届いている。施設各所に置かれる手編みの椅子が壊れた際には再び使えるようにスタッフ自身が修理をし、オープンスペースでのイベント時は坂の下からスタッフ自身が機材を運び込むこともあるとのこと。よく晴れた朝にはクッションが天日干しされていた。働きが表面化しているスタッフの行き交う姿から、この建物が集合住宅であった頃の面影のようなものが感じられる。

山沿いに点在する小商いの店や、地元住民の行き帰り、猫と戯れる観光客。それらは有機的に繋がっており、街全体がひとの営みでゆらいでいる。

LOGを吹き抜ける風は木々をゆさゆさ揺らし、そこでひとやすみをする鳥の声と、木の葉を掃くほうきの音が混ざる。仕事の跡が残る庭の石や、壁の色には人の気配が宿っており、そんな環境の中に身を置き、感じる心地よさ。それは街とLOGに漂うf分の1のゆらぎに、自身のゆらぎが呼応しているものなのだろう。

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