スターバックス@郊外の駅ビル

「やばい、このフラペめちゃくちゃ美味しい。」
「まじやばい、超美味しいよね。」
「これはリピートしたいよね。」

田所洋介は、コーヒーを口に含みながら、隣の女子高生3人組の歓声を耳にした。炭のような味がする黒いコーヒーだ。田所はフリーランスのライターという仕事柄、カフェで仕事をすることが多い。VAIOのキーボードをパタパタと叩きながら、一定の間隔でコーヒーを口に含む。

「やばーい、本当に美味しい。」
「甘すぎなくて、美味しいよね。」

女子高生3人組のコメントを耳にして田所は思う。
どんなに斬新なフラペチーノが出ようと、その感想はだいたいにおいて「甘すぎなくて、美味しい」に収れんされるのだ。

田所の席の反対側には、やはり女子高生と思われる2人組が座っている。午後3時をまわったこの時間帯、郊外のスターバックスに陣取ると、両サイドを女子高生に囲まれることが少なくない。スターバックスは、フラペチーノという武器によって、郊外のマクドナルドから放課後の女子高生たちを奪ったのだ。
フラペ組の高校生たちとは違い、反対側に座る2人組はいささか大人びている。片方の女の子は制服を着ているが、もう片方は私服だ。真っ黒いロングヘアに金のリングのピアス。オーバーオールを身に着けて、けだるそうにテーブルに頬杖をついている。

「ていうかさ、ミキたちは元気なの?」

オーバーオールの彼女が、制服の女の子にそう言う。

「ミキたちは、まあ、元気だよ。トモミに会いたいって言ってたよ。」

あ、そう。
そう言いながら、トモミと呼ばれたオーバーオールの彼女は、黒髪をかきあげる。自分からミキと呼ばれる女性のことを聞いた割りには、答えには興味がなさそうだった。

「みんなさ、進路どうするの?」

トモミは、空になったカップを手でもてあそびながら言った。頬杖をついていた手をテーブルから離し、椅子に体をもたせかける。一連の動作は、とても気だるそうな印象を与える。

「ミキは、ショップの店員じゃん。あたしも、やっぱアパレルかな。社販で買えるじゃん、服。」

制服の女の子はそう返答した。ふうん、という感じでトモミはまた髪の毛をかき上げる。

ふいに、反対側のフラペチーノの女子高生3人組の会話が耳に入ってくる。

「ねー、どうだったテスト?わたし今回、超頑張ったんだよね、指定校もらいたいからさ。」

黒髪セミロングの女の子がどこか自慢げに言う。

「いいなぁー、アケミは。絶対あんた、指定校固いでしょ。私も推薦で行きたい。」

どうやら、アケミという女の子は、指定校推薦での進学を考えているようだ。会話の流れから、近隣の進学校に通う生徒たちであることが分かる。反対に、逆サイドに座っているオーバーオールのトモミたちが通っている学校は、卒業後は基本的に就職を前提としているようだ。


「そういえばさ、トモミは、まだあいつと付き合ってるの?」

制服の女の子は怪訝そうな表情で、トモミに聞く。空になったフラペチーノのカップの底を、とんとんと、テーブルに叩きつける。

「えー、付き合ってるけど。」

トモミは、少し笑顔を見せる。どこか嬉しそうだ。制服の女の子は、顔をしかめる。

「まだ付き合ってるの?最悪じゃん、あの男。」

制服の女の子の指摘に、トモミは嬉しそうな顔をのぞかせる。

「すごいむかつく時あるけど、優しい時は優しいんだもん。」

トモミは笑いながらそう返す。
制服の女の子は反論する。

「いやいやいや、そういう問題じゃないでしょう。だってさ、前に言ってたじゃん。車に乗せられてさ」

「あー、山に置き去りにされそうになった話?」

トモミは、指に髪の毛をクルクルと巻きつけながら言う。

「そうそう。最悪じゃん。なに、拉致ってさ、山に置き去りにするって。意味わかんなくない?」

制服の女の子は身の乗り出す。
トモミは、まんざらでもなさそうな笑みを浮かべて言う。

「まあ、でもあれは、トモも悪いからね。彼氏にだまって、ほかの男とLINEしてたわけだし。」

田所は、自分のことを名前で呼ぶ女性は、依存性が高い傾向にあるような気がしていた。
話の流れからすると、トモミは、交際相手ではない男と交わしたLINEの会話をとがめられ、交際相手に車で山中に連れていかれたようだ。

「しかも、首絞めてきたんでしょ。もう犯罪じゃん」

制服の女の子は、空のカップをテーブルに叩きつける。やや、演技ががったアクションだ。

「確かに、トモもそれは犯罪だと思ったけど。まじでヤバいって思ったら別れるからさ。」

トモミは嬉しそうに笑う。男性から受けた仕打ちは、自分への愛情の大きさを表しているように思っているのかもしれない。

ふいに、逆サイドの女子高生たちが、再び歓声をあげた。
「アケミまじか!よくチケットとれたね。ファンクラブでも、かなり無理だったらしいよ。」

アケミは得意そうに言う。
「Twitterの友達から、譲ってもらったんだよねー。なんか急に行けなくなっちゃったんだって。」

いいなぁ、と他の2人は声を揃えて言う。
どうやら、レアなアイドルのライブチケットを入手したようだ。

「いいなあ、しかも3列目じゃん。これ、めちゃくちゃプラチナだよね。転売したら高く売れるよ。」
「絶対売りませんよー。」
アケミはそう言うと、ストローを口に含み、おもむろにフラペチーノをすすった。
「ほんとにアケミついてるよね。指定校も間違いないし、ライブのチケットも手に入れちゃうし。羨ましいー、私も幸せになりたい。」
友達はそう言いながら、フラペチーノのカップでテーブルをコツコツと叩いた。どうやら、飲み終わったフラペチーノのカップでテーブルを叩くアクションが流行っているらしい。

幸せになりたい、か。

田所は、女子高生の言葉を反芻し、VAIOのキーを叩く手を止めて考えた。

幸せとは、何なのだろう。少なくとも彼女たちにとっての幸せは、指定校推薦で大学への進学パスが手に入ることや、人気アイドルのプラチナチケットが手に入ることをそう呼ぶらしい。
反対側に座るトモミは、はたから聞いていると決して幸せそうに見えない。高校をドロップアウトし、彼氏からはDVに近いような行為を受けているが、彼女のたたずまいからは、優越と呼んでも良いような姿勢さえうかがえる。

田所には、高校生の女子が考える幸せの定義は分からなかった。しかし、トモミとアケミの5年後、10年後を追跡してどうなっているか確かめたい欲求にかられた。田所という人間を中央に距てて座る彼女たちは、それぞれ異なった人生を送ることだろう。トモミは数年以内に今の彼氏か、もしくは次の彼氏と結婚をし、アケミは数年後には大学を卒業してどこかの企業に勤めていることだろう。

田所は、トモミとアケミのその後を追跡して、彼女たちが思う幸せが、変遷していくのかどうかを確かめたかった。しかし、それは不可能なことであることも分かっていた。田所は冷えたコーヒーを口に流し込む。やはり、炭のような味がするコーヒーだ。VAIOを閉じると、手持ちの鞄の中にそれをしまい込み、静かにその場を後にした。

店を出る間際に振り返ると、自分が座っていた分水嶺とでもいうべき席には、赤ちゃん連れのママが腰かけるところだった。

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