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第3話 「憧れのしまなみ海道テント水没事件」(愛媛県)

自転車日本一周旅 〜人生で大切なことはすべて旅で学んだ〜

兵庫県丹波篠山市を出発した自転車日本一周旅は、兵庫、岡山、広島の友人宅を中心に訪れ、北を目指すのではなく、西に横移動する。どうしても走りたかった海の道があったためだ。
日本の東西南北の最端を制覇するのと同じぐらいやってみたかったことの一つだ。
潮風を受けて島々を眺め、のんびりとサイクリングが満喫できる自転車愛好家の憧れのルートが瀬戸内海に存在するのだ。
本州と四国を結ぶ連絡道路は3つある。
鳴門海峡大橋自動車道、瀬戸大橋自動車道、そして西瀬戸自動車道だ。
3つのルートのうち、西に位置する西瀬戸自動車道は別名「しまなみ海道」と呼ばれる。
しまなみ海道は、1999年に開通。広島県尾道市から愛媛県今治市まで、瀬戸内海に浮かぶ6つの島をつなぐ魅力的な海に架かる道だ。自転車専用道路が完備され、向島〜因島〜生口島〜大三島〜伯方島〜大島の6つの島を結ぶ大橋からの瀬戸内海の眺めは最高なのだ。
ここを走りたかったのだ。
潮風を受けて走る。そして浜辺にテントを張って、沈む夕日を見届け、波のせせらぎに包まれて眠りにつく。旅人のロマンがある。



早速、広島県尾道市から一路四国の今治を目指す。
さすがに自転車専用道路があるだけにチャリダーがかなり多い。またゴールデンウイークなのでライダー、家族連れ、カップルさまざまだ。
旅人にはそれぞれ呼び名がある。
自転車旅行者は、「チャリダー」。
自動二輪車旅行者は「ライダー」。
徒歩旅行者は「トホダー」。
鉄道の旅行者は、「ジェイアーラー」。

ゆったりと瀬戸内海に浮かぶ島々の景色を楽しみながら出会うチャリダーと挨拶をかわし、風薫る新緑の島々と瀬戸内海の潮風に吹かれ、サイクリングを楽しむ。
野営地は尾道から六番目の島である大島の浜。
しまなみ海道のハイライトである全長約4kmの来島海峡大橋の側の浜辺にテントを張る。
遠浅の海原と砂浜が広がり、波も穏やかだ。瀬戸内海の島々が見渡せ、人口音はなく、波のせせらぎが心地いい。
西に傾きかけた日光が、海原を照らす。
海原に光の粒が踊る。光の粒に雲の影が映り、風のありかを教える。
フワリとした潮風が全身を包み込む。
周囲には人はいない。自然の中に溶け込んでしまいそうな居心地のよさ。
まさに求めていた旅のロマンだ。
ムフフ・・・。
波打ち際のベストポジションにテントを張った。波のせせらぎが心地いい。テントの中に、荷物を全て入れる。ペグの代わりだ。
ペグとは、キャンプでテントやタープを張る際ロープを地面に固定する道具である。
しかしここは砂地だ。しっかり固定はできない。荷物をテント内に入れておけば少々の風が吹いても大丈夫だ。今は無風に近い穏やかな天候だ。
早速、自転車で買い出しに行くことにした。
すぐ近くにスーパーマーケットがある。スーパーまでは10分程度だ。
少々の時間だ。離島に盗人はいない。
テント設営後、海岸線に沿って買い出しに行く。
ムフフ、冷えたビールを飲みながら、沈む夕日を拝むのだ。
ムフフ、波のせせらぎ、島々の間の水平線に沈む夕日。
夕日に向かって、青春のバカヤロー。ムフフ・・・。
自然と笑みがこぼれる。
まだ日没まで少し時間がある。
缶ビール、値引きされた惣菜を購入。
ああ、のどかだ。瀬戸内だ。
ああ、チャリダー、缶ビール。
鼻歌まじりで軽快にペダルを漕ぐ。
スーパーから野営地の浜辺に戻る。
来た道と同じ海岸線の道を通って浜辺に戻る。
「ん、・・・ん」
「海水がちょっと増えてる?」
「気のせいか」
「いや、増えてる」
ペダルを漕ぐ足に力が入る。
立ち漕ぎでスピードを上げる。遠くの我がテントを目視する。
浜辺に張ったテントが心配だ。
大急ぎで戻る。
ガーン、テントが水没しているではないか。
打ち寄せる波にテントは、半分ほど飲み込まれ、波打ち際を行ったり来たりしている。
テントも荷物もビショビショじゃないか。
慌てて靴を脱ぎ捨て、水を吸って重くなったテントを浜辺まで引っ張り上げる。
まったく、なんてこった。

満潮の時間を迎えていたのだ。
潮が満ちて海面が次第に上昇する満ち潮の時間と重なっていたのだ。
ビショビショに濡れた荷物と砂まみれのテントを担いで安全な場所へ避難。
丹波篠山の山育ちの海の仕組みなど何も知らない旅人が夢見た波のせせらぎ男のロマンは、夢破れたのだった。
浜辺から退散。
海水と砂まみれになったテントと荷物を乾かす。
沈む夕日に缶ビール、波のせせらぎを子守唄に眠りにつく旅のロマンは、次回のお楽しみになったのだ。

すべては、うまくいっている。
すべっても、うまくいっている。
テントが濡れたっていいじゃないか。
そのうち乾く。
衣服が塩水漬けになっても乾かせばいいじゃないか。
ミスってもいいじゃないか。
取り返しがつくんだから。
ないもの以外は全てあるんだから。
憧れのしまなみ海道に、今オレはいるじゃないか。

人は夢があれば走り出せる。
「どんなつらいことも、
 悲しいことも、
 嬉しいことも、
 楽しいことも、
 いつかの
 いい日のためにあるんだぜ。」
ボチボチ日本のテッペン北の大地を目指して走り出そうと思う。

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