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第33話「キビガリ体験アンビリバボー」(小浜島)

自転車日本一周旅〜人生で大切なことはすべて旅で学んだ〜

やり遂げた時は手の皮がむけるが如く、心の皮もひと皮むける。
難行苦行の日々だと聞いて始めたサトウキビ収穫アルバイトは、まさにその通りになった。
掌のマメは3回つぶれ、日焼けで肌は4回むけて真っ黒になった。
おまけに斧を毎日握っているためか指はうまく動かせなくなった。
57日間に渡るフルマラソンを毎日走るような激しい日々が過ぎていった。
長期間働き、寝食を共にする共同生活の中には、仲間と衝突し、相手を深く理解することもあった。

例えば、ある晩こんなことがあった。
照る日も降る日もキビを刈り続け、心身共に疲れのピークを迎えていた時期だった。
違う価値観を持つ者同士が小さなプレハブ小屋で共同生活を送っている。
知らず知らずのうちに他者への遠慮、ストレスなどが溜まっていた頃にいつものようにキビガリ隊員で酒盛りをしていた時のことだ。
ある隊員の発言がきっかけになり、考えさせられることがあった。

その隊員はY君という青年でなるようにならない人生に悩んでいた。
今のままの自分じゃいけないと思っていたのだろう。
ちょうどY君は徒歩で日本1周している最中にこの島にやってきた。普段は口数の少ない寡黙な青年だ。
しかし、いったんアルコールが入ると性格が180度豹変して、喋りまくるわ、暴れまくるわ、の手のつけられない状態になる特異な性質を持つ青年だった。
その夜もアルコールが少しずつY君に注入され、彼の人格がいつものように崩壊しようとしていた時、彼はいきなり激怒し叫んだ。

「ケンさんは言ったけど、何も変わらなかったじゃないか!」

ケンさんとはお世話になっている小浜島ファームの社長さんだ。このアルバイトが始まる時、ケンさんは、Y君に対しキビガリが終わる頃にはお前を変えてみせる、と約束したのだそうだ。
人と付き合うことが苦手なY君は、何かを求めてこの島にやってきた。

「自分を変えてもらえる。
 そう期待していたけれど、なにも変わらないじゃないか!」

とY君は愚痴っているように僕には映った。
そのY君の発言に対してある隊員はこう言った。

「Yはそういうけど、ケンさんはYを変えるきっかけは、
 たくさん作っていると思うよ」

忙しく激しい日々ではあったが、毎日のように人と関わる機会はあった。
そして別の隊員は、

「きっかけは作るというか、きっかけはそこらじゅうにあるものだよ。
 それをうまくキャッチするかどうかはY次第なんだよ」

とYを諭すように言った。

青年は荒野を目指す。
青年は理想を求めて、悩み、自分を変えようとする。
チャンスがあればそれを試そうとする。
自分は本当は何に向いているのか。
自分の可能性の限界はどこまでなのか。
自分は一体どんな人間なのか。
旅を通して、青年は不器用に手探りで模索する。
自分を変えるきっかけは、人から与えられるものではなく、自ら探し求めるものだと気づく。
人間は変わりたいと思った時から変われるのだ。
大きなチャンスを待ってはいけない。
ごくごく平凡な機会を大きなチャンスに変えるのだ。

人生の決断と選択は自分の意志で行わねばならない。
人任せの人生は成功の喜びが十分の一に、失敗の後悔が十倍になるからだ。
これはYだけの問題ではなく、キビガリ隊員それぞれが己を振り返る機会となった。
人は、出会いの数だけ自分の可能性を知り、別れの数だけ自分の課題を知るものだ。

長期間滞在した場所には情がこもる。
人と付き合う時間が長ければ長いほど絆も深くなる。
まして汗水垂らして共に励まし合った仲間だ。
別れの時は、涙の別れだ。

キビガリを終えた隊員たちは、それぞれの日常に帰っていく。
旅の途上の者は再び荒野を目指す。
社会に適応できなかった者は、ここで養われた勇気と自信を手にして日常という戦場に立ち向かっていった。
将来に戸惑いを持っていた者は、力強く明日への一歩を踏み出して小浜島を後にした。
島に残る者たちは、島を旅立つ勇者たちに精一杯のエールを贈る、というのが小浜島の別れのスタイルだった。
港から離れるフェリーからありったけの感謝を述べる勇者に、
俺たちは
「お前と会えて本当によかった。頑張れー。またどこかで会おうな。」
とエールを贈る。
君と出会えたことは一生の宝だよ、と港桟橋から海原にダイブするというのが小浜島の別れの儀式だった。何度も何度も桟橋から海原に飛び込んでエールを贈った。

そしてようやく、ぼくも小浜島を旅立つ時期がやって来た。
実働労働日数57日間で稼いだアルバイト代、28万5千円を手にして次なる地を目指してペダルを漕ぎ始めることにした。約3か月間お世話になったたくさんの思い出が詰まった小浜島を離れる時は涙が溢れた。


小浜島で学んだこと。
それは「素の自分でいいんだ。」というシンプルなものだった。
素の自分と一致した時が、スイッチオン記念日。
自然体のありのままの自分に戻ろう。
素の自分と一致した時に心のスイッチがオンになる。
自然体の自分の探り方は、「楽しいこと」と「大切なこと」と「好きなこと」。
この3つに共通するところが、本来の自分が求めていた自分探しであり、宝探しだ。

経験値を積んでレベルが一つ上がり、本来の自分再生ボタンにスイッチが入り、心の鎧が一つめくれたような気分になった。

さぁ、次はどんな感動が僕を待っているのか。
興奮と期待と程よい疲労感が僕を包んだ。


【深呼吸の必要】
※現代社会はストレスが多く疲れます。
 大きく深呼吸をして素の自分を取り戻しましょう。
 キビガリの世界で癒されて下さい。

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