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映画『ドヴラートフ』をめぐって #3

▶「やさしい大男」の存在感

役者もみんな素晴らしかったが、特にドヴラートフ役のミラン・マリッチの「存在感」が凄かった。本人によく似ている体格のいいハンサムだが、もちろんそれだけではない。ドヴラートフを演じたというより、彼はドヴラートフとして生きていた。小説は字面に書いてあること以外にどれだけのものを伝えられるかが勝負だと思うが(チェーホフを読むとそう思う)、映画でも、スクリーン上に写っていること以外にどれだけのものを伝えられるかが重要かもしれない。その意味で、たった6日間でドヴラートフの人生のほぼ全てを見せた監督の手腕もさることながら、ミラン・マリッチの演技(特に台詞をしゃべっていないとき)は素晴らしいものだった。現代のチェーホフとも称される作家の繊細な内面が言葉を超えた微妙な表情や動作に見え隠れし、何度もグッと来る場面があった。とりわけ印象に残るシーンは、最後の方で「セリョージャ、笑って」と言われて見せる表情。あの微笑みの中にどれほどのものがこもっているかーー 圧倒された。彼のあの眼差しが脳裏にいつまでも残って消えない。ブラボー!

▶心に響く音楽たち

映画を彩る音楽の良さも忘れてはならないだろう。オープニングとエンディング、そして随所に流れるジャズはドヴラートフの筆致のように軽快だが、どこか哀しい。ふと、1984年のアメリカ映画『Moscow on the Hudson』(邦題:ハドソン河のモスコー)を思い出した。ロビン・ウィリアムズ演じる主人公はソ連のサックス奏者。やはりジャズが流れていた。アメリカに亡命して散々苦労する物語だが、その後、アメリカに亡命するドヴラートフの運命とも重なる。残念ながらジャズ方面の詳しいことはわからないが、其々の場面に相応しい曲が選ばれているに違いない。また、『モスクワは涙を信じない』でも流れた「ベサメムーチョ」の登場も印象的だった。言わずと知れ た名曲、「私にたくさんキスをして」という歌。「今夜が最後かもしれないから。明日、私は多分あなたと別れて遠い所に行かねばならないから……」という歌詞も何やら暗示的で、ドヴラートフの複雑な表情とオーバーラップして心に響いた。

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