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【小説】花より団子、月より兎 花火
前作「花より団子、月より兎 冷やし中華」の続きです。これで終わります。
焼きそば片手に花火を眺める二人の話。
「カナコちゃん、こんばんは」
「アンタ、本当にタイミングよく現れるわよね」
「えっ、ありがとうございます」
しらたまは目を瞬いて、ペコリと会釈した。佳奈子は大きな息をつく。
「褒めてないわよ。その様子じゃ、狙ってきたわけでもなさそうだしね」
「今日何かあるんですか?」
「花火大会」
アパートのカーテンを開ける。家々の明かりが灯る暗闇はどこか暖かい。灰色の雲は細い糸を引くばかりで、夜空に浮かぶ星々が微かに輝いていた。会場がある河川敷では屋台が並んでいるのかもしれない。川の方向はいつもより明るかった。
「そうなんですか? やった、僕見てみたかったんですよね」
「でも音大きいわよ」
途端にしらたまは青ざめた。右往左往し、ぐるりと部屋を一周。最後にすがるように佳奈子を見上げた。
「こ、この前のかき氷みたいな音じゃないですよね?」
「さあね。低くて、お腹に響くような音だから、アンタには酷かもねえ」
佳奈子は意地の悪い笑みを浮かべる。しらたまからさらに血の気が引いた。
「そ、そんなあ。ウソって言ってくださいよ、カナコちゃん!」
半泣きで佳奈子の足を揺さぶる。流石に罪悪感が芽生えて、佳奈子はしらたまの頭を優しく撫でた。
「距離あるからそこまででもないんじゃない。もし気になるならまたヘッドホン貸してあげるから」
「本当ですよね? 言質取りましたからね」
足にしがみつく力が強くなった。断ったら歯でもたてそうな勢いに、一歩引いてしまったのは佳奈子のほうだった。
「わかった、わかったから。いくらでもとっていいからどきなさい。私は今からご飯の準備をするの」
「えっ、先にご飯食べるんですか?」
「そんなわけないでしょ。ご飯準備しておいて、花火見ながら食べるのよ」
「それは名案ですね」
佳奈子は無言でエコバッグを開ける。しらたまも後に続いて、食品を取り出すのを手伝い始めた。
以前冷やし中華で余った麵、キャベツ、もやし、ニンジン、豚バラ肉、ソース。それだけで狭い台所は埋まってしまった。
まずは野菜たちを切っていく。キャベツはざく切り、ニンジンは短冊切りに。その間に油をひいたフライパンを熱しておく。
「しらたま、豚肉全部フライパンの中にいれておいて」
「はい、カナコちゃん!」
豚肉がてかった鉄の底に滑り落ちる。じゅっと肉の焼ける匂いがした。切り終わった野菜たちも豪快にフライパンの中へ。これらを菜箸でしんなりするまで炒める。本当はここで一旦具を取り出したほうがいいが、佳奈子はそのまま麵をつっこんだ。適当に混ざったところで水を投入。麵がほぐれたところでソースと絡める。
「あ、そうそう。しらたま、悪いんだけど、これレンジで温めておいて」
「はーい」
パックを一つ手渡す。しらたまは軽い足取りで数歩先の箱に閉じ込めた。
紙皿に盛り付けたところで、ちょうどチンと高い音が鳴った。
「いいタイミング」
佳奈子は最後の仕上げに青のりをふりかける。皿をしらたまに押しつけて、熱いパックと冷蔵庫からビールを一缶。そのまま机に並べていたしらたまを制して、窓際までもってこさせる。
「行儀悪いけど、こっちのほうがよく見えるでしょ」
しらたまは一瞬呆けた顔をしたが、すぐに目を輝かせ、いそいそと佳奈子の横に腰を下ろした。
「カナコちゃん、今日はなんですか?」
「焼きそばとたこ焼き。アンタは野菜ジュースでいい?」
「いいんですか? ありがとうございます!」
汗をかいた缶とコップがぶつかり合う。一気に飲み干すと、ビール特有の苦みときめ細やかな泡が奥で弾けた。なんだかいけないことをしているみたいで胸が弾む。
佳奈子は湯気をたてる皿に箸をつけた。ソースが絡むと、違う具材でも一体感がでる。柔らかいキャベツたちと、少し歯ごたえを残したもやしの違いが面白い。おかかの髪をはためかせる熱々の球は、爪楊枝では支えきれないほどずっしりとしている。粘度の高い生地が舌にまとわりつき、火傷しそうだ。熱を逃がしながらタコを探して嚙み砕く。一つの球に必ず一つ入った宝物。なんで一個しか入れないのか不満に思った日もあったが、今は一個でよかったと思う。そのほうが特別感が上がるから。
いつかの日の夏祭りのようだった。親と手をつないで歩いた人混み、友達と背伸びして着飾ったあの夏。それでもまさか過去の私だって、社会人になって一緒に眺めるのが月出身の兎とは思うまい。隣のしらたまは一心不乱にフォークを動かしている。
ひゅるるる
間の抜けた音が唐突に響いた。はっと目線が窓に向く。空に大輪の花が咲き、一拍遅れて衝撃音。思わずしらたまが跳ねたが、すぐに視線は上を向いた。
「わっ、きれいですね」
「まだまだこれからよ」
夜空に咲く花々は佳奈子が最後に見たときよりもずいぶん進化を遂げていた。花開いて、くるりと回ったら青から赤に早着替え。蜂のように飛び回ったり、キャラクターの顔が浮かんだり。その度に二人で手を叩く。夢の時間はあっという間で、ラストを飾るのにふさわしい滝のような大玉が金糸を引きながら消えていくのを、呆然と見守っていた。
「……すごかったですね」
「そうね」
どこかまだ高揚感による浮遊感が辺りを漂っていた。まだ夢の世界にいる気がする。現実に戻りたくない物寂しさが、佳奈子に言葉を続けさせた。
「ねえ」
しらたまの視線は未だに煙たなびく夜空に向いたまま。だが耳はこちらに向いている。
「なんですか」
「アイス食べる?」
「いいですね」
ふわふわした足取りのまま佳奈子は冷凍庫から二つ、アイスを取り出した。棒がついた夏空色のアイス。駄菓子でも売っていた一本百円以下のお手軽さで、国民から親しまれているアイス。もっと高いものでもいいのだが、今夜はこれが一番似合うだろう。
「アンタ、口小さくて食べにくかったらいいなさいよ。私が全部食べてあげるから」
「えっ!? イヤですよ。あげませんからね」
慌てて抱き込むしらたまに佳奈子は声を上げて笑った。
爽やかなソーダが口いっぱいに広がる。しゃりしゃりした固さがちょうどいい。口内にこもった熱が冷やされていく。棒についた最後のひとかけらまでなめとって、佳奈子は息をついた。
「あーおいしかった」
「そうですね。冷たくて、かき氷とは違ったおいしさです」
「で、満足した?」
ニヤリと笑って問いかける。一目見て、続く言葉は容易に想像できた。
「はい! とっても」
「そう、よかったわね。じゃあかかった食費分もらえるかしら」
「ええっ、僕今手持ちないので後ででいいですか」
慌てふためくしらたまに佳奈子は思わず吹き出した。
「冗談よ、冗談。アンタにそこまでの甲斐性があるとは思ってないし」
「なんか馬鹿にされた気がするのは気のせいですかね」
じとりと睨む視線を手でかわし、佳奈子は小さく笑った。
一人きりで過ごすはずの夏をこうしてにぎやかで鮮やかにしてくれたのが最大の礼だなんて絶対に言ってやらない。
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