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なるべく明るい乳がん日記10個人差があり過ぎる
〜前回のあらすじ〜
無事入院し、手術を控えているのだがそれにしても病院のベッドが硬い。
寝転んで3ミリほどしか沈まない極硬マットレスに悲鳴を上げる私の身体。
寝れない。これでは寝れない。
こんな硬いベッドで寝て人は回復するのだろうか。
そしてご飯が少ないのか食べる時間が早過ぎるのか、とにかくお腹が空く。
おやつ持って来たらよかった。(遠足か)
ーーーーーーー
【手術前日】
朝、午前、昼過ぎ、夜の1日4回検温がある。
血圧と酸素濃度も1日4回看護師さんに測ってもらう。
退院まで毎日続くこの時間は、直接人と会話できる貴重な時間でもある。
1日の尿と便の回数も聞かれるので記録する表を手書きで作った。
看護師さんに術側のわき毛をチェックされた。
30代でやっておいた永久脱毛が今ここで花ひらく。
なんの関係があるのかわからないけどへそ毛もチェックされた。
特に問題なくクリアする。
「当日の朝、顔を洗ったら化粧水以外つけないでください。」と言われる。
普段からわりとほったらかしてるのでうっかりつけてしまうこともない。
化粧、マニキュア、ペディキュア、指輪にエレキバン、全部元々してないのでオッケー。ハンドクリームもつけたらダメ。手足の爪は切っておくこと。
とにかく何もつけない。
パンツと手術着と弾性ストッキングだけの潔い姿で手術に挑む。
術前最後のお風呂に入る。
次にお風呂に入るとき右胸はもういない。
自分のことじゃないような不思議な気持ち。でもそうなるのだ。
感謝を込めて丁寧に洗う。こんな可愛いものを切るのかと寂しくなる。
入院してから腹抱えて笑うことがない。
家にいたらいつも夫とアホみたいにゲラゲラ笑っているのに。
夫に電話をする。
コロナのことがあるので付き添いやお見舞いはできない。
手術後、主治医の先生から夫の電話に連絡がいくことになっている。
それを受けて、夫が私の親に手術の報告をしてくれる。
夫がいてくれてよかった。親のことを任せられるのはありがたい。
眠れなさそうなら眠剤を出す用意を先生がしてくれていると看護師さんから聞いていた。先生ありがとう。でも大丈夫。
夫の声を聞き、私は安心して眠った。
【手術当日】
この日手術を受けるのは私を入れて3人。私が一番手。
朝食は抜き。手術着に着替えて左手に点滴を打ちながら病室を出る。
3人ともセンチネルリンパ節生検というものを手術中に受ける。
がんが最初に転移するのがセンチネルリンパ節で、それを手術中に摘出し、検査する。転移がなければ腋窩リンパ節郭清というわきの下にあるリンパ節を全部摘出するという過程を省略できる。
センチネルリンパ節を見つけるためにアイソトープという注射を打つ。
これがめちゃくちゃ痛いと大評判なのだ。
先生が「痛いですよ。」と言う。看護師さんが手を握ってくれる。
!!!
猛犬に乳首を噛みちぎられたかのような激痛が走った。ちょっと涙が出た。
残る2人の無事を祈りながら私は手術室へ歩いて向かった。
入り口でリストバンドを確認し、名前と術式を聞かれる。
右胸の全摘手術を受けることをもう一度、病院側と私が確認する。
手術室に入ると小さく音楽が流れていた。
ベッドに横になり手を広げ固定されながら(あ〜嵐のハピネスだな〜〜)と思ったところで酸素吸入のマスクを被せられ記憶が途絶えた。
………起こされて先生に何か言われた気がする。
わきのリンパが奥の方にあって届かなくて大変だったとかなんとか…。
よく覚えていない。
リンパぜんぶ取ったのか……と思いながらまた眠る。
…起きるとそこは回復室と思われる薄明かりのついた部屋で、私はベッドに寝ていた。暑い。電気毛布を掛けられているからか。
股も何か入ってて違和感がある。これが尿道カテーテルか。
胸が圧迫されて苦しく右腕も重く違和感があった。
身動きが取れない。暑い。
両足のふくらはぎはそれぞれ何かに巻かれていて、定期的に締まったり緩んだりしている。血が巡るように血栓にならないように動いている。
その機械がシューーーーーー・・・バーーーーーーン・・・とやかましい。
暑いので看護師さんに電気毛布を外してもらった。汗がすごい。
カーテン越しの隣に、2人目のおばちゃんが運ばれてきた。
・・・・・吐く!!!
薄明かりの中、何かグレーのドロドロしたものを吐いた。
麻酔から覚めた後、痛み止め(鎮痛剤)で痛みは極力減らすことができても、むかつきや吐き気、嘔吐は起こることがあり、発生頻度は3人に1人(30%)程度といわれています。
おおむね、術後1日程度でおさまりますが、2、3日続いたり、手術当日は大丈夫でも翌日に発生する場合もあります。
3人に1人に該当してしまった。
左手の点滴に吐き気止めを追加してもらう。
それでも吐き気が止まらない。
また吐いてしまう。もうちょっと強い吐き気止めを追加。
耐える。けど吐く。それを繰り返す。
吐くと体力が削られていくのがわかる。でもまた襲ってくる吐き気。
それなのに隣のおばちゃんは吐くこともなくイビキをかきながら寝ている。
なんだこの差は。
隣のおばちゃんの豪快なイビキを聞きながら、私は夜通し吐きまくった。
個人差があり過ぎる。
看護師さんが優しく背中をさすってくれた。
吐瀉物を何度も片付けその度に「口をゆすぎますか?」とストローを挿したコップの水を持たせてくれて、吐きそうな気配を察しては声を掛け、優しく背中をさすってくれた。ありがたさと苦しさで涙が出た。
回復室で過ごしたこの一夜は本当に大変だった。
眠れないし吐くし時間がちっとも経たなくて長く長く感じた。
でも人生でいちばん生きよう!ともがいた夜だった。
【手術翌日】
睡眠バッチリな隣のおばちゃんは時間を持て余し「早く病室に帰りたい。」と看護師さんに直訴。私より先に回復室から出て行った。
おそらく退院も早いだろう。
残された私も足の機械を外してもらい、カテーテルを抜いてパンツを履き、汗まみれのパジャマも着替えた。
胸は白いバストバンドとタオルでガッチリ固定され、右脇から出た2本の管が単行本くらいの大きさのポシェットに繋がっていた。これがドレーンか。
8回くらい吐いてすっかり弱り切った私は本来歩いて行くところを車椅子に乗せられ、なんとか病室へと帰還したのだった。
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