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誰でもできるホームシアター入門 #2

第2話「テレビを見るときは部屋を明るくしてテレビから離れて見てください」

登場人物
A美:映画好きな主人公。自宅で楽しめるホームシアターに憧れている。
B子:A美の友人でアニメオタク。ホームシアター好きというわけではないが映画館にはよく行く。
X氏:ほどほどに著名なAVライター。変人。
Z氏:X氏がいつもいる喫茶店の店主。詳細不明。

第1話から続く。X氏の「部屋を真っ暗にしろ」という謎の言葉に、A美もB子も意味が分からず戸惑っている。

B子:ワケわかんない。
X氏:わからないということは、いつも映画を見るときは部屋を明るくして見ているんだね。
B子:そんなの当たり前じゃん。「明るい部屋で離れた距離からテレビを見ましょう」ってよく言うじゃん。
X氏:いい年こいて、まだ子供向き番組見てるのか。僕も毎週プリキュアを見ているよ。
B子:もう見てねーし! 昔見てたの覚えてるだけ。親もよく言ってたし。
X氏:親の言いつけを守る良い子なんだね。
B子:バカにすんなし! つか、おっさんなのにプリキュア見てるとかキモすぎ。
X氏:プリキュアの良さは、純粋な子供たちか、成熟した立派な大人でないとわからないのさ。
B子:すげームカつく。
A美:話がずれてます! 一般的に部屋を暗くしてテレビを見るのはよくないって言われています。昔、テレビ放送を見ていた子供がたくさん発作を起こしたこともあったようですし。
X氏:ポケモンショックね。そんなこともあったねえ。でも、映画館でそんな注意をされたことがあるかい?
A美:映画はテレビとは違う映像基準で制作されているって聞いたことがあります。
B子:だから大丈夫ってこと?
X氏:全然違う。テレビは光過敏性発作が起こるような映像効果を使わないようにガイドラインが設けられたから、部屋を明るくしてテレビから離れて見れば、ある程度は大丈夫だと思う。だが、映画はそういうガイドラインがない。もともとないし、ポケモンショック後もガイドラインが出来ていない。一部の子供向けのアニメで自主規制的に作り手が配慮している程度じゃないかな。
B子:それじゃあ、余計に危ないじゃん。
X氏:映画館は映像が暗いから健康な人ならそれほど心配はない。不思議に思ったことはないかな。映画館のスクリーンはあんなに大きいのに、ちっとも眩しくないって。今流行りの大画面テレビなんて、テレビ売り場で見るとすごく眩しいでしょ。
B子:言われてみれば、そうかも。
A美:画面を暗くすれば、部屋を暗くしても大丈夫ということですか。
X氏:結論を急ぐね。せっかちなのかな。まあ、その通りなんだけど、その理由を知りたくはないかい。
B子:アタシ知りたいっす。
A美:私も・・・
X氏:実際の順番は逆なんだ。映画館では大画面での上映をするために、映写機を使う。これは、映画を撮ったフィルムの後ろから光を当てて、スクリーンに拡大投影する仕組みだ。理科の実験とかで試したことあるよね。
B子:あるある、懐かしい。
X氏:大昔のフィルムは熱に弱くてね。投影するためのランプの熱で燃えて火事になることもあった。『ニューシネマパラダイス』という映画を見たことはないかな。
A美:あります。いい映画でした。
X氏:ラストが泣けるんだよね。ともあれ、大画面で明るく映像を映すのだからランプの光は明るいほどいい。けれどもランプの輝度を上げると発熱も上昇する。だから、ランプの明るさには限界があった。
B子:つまり、画面が暗い。と。
X氏:そういうこと。明るい部屋では何を映したのかわからないくらい暗い。だから、映画を見るときは室内の照明を消して、なるべく暗くした。そうでないと見られなかったからだ。まあ、それは大昔の話で、フィルムは難燃性の素材が使われるようになったし、それどころか今はフィルムを使わずデジタルデータを上映している。ランプについては今やレーザー光源が使われている。発熱はそれなりにあるが、映写機に使われるキセノンランプよりも高い輝度を実現することも可能だ。
A美:でも、今も映画館は室内を暗くしている。
X氏:映画は映写機の問題だけじゃなく、映像自体も暗めなんだ。テレビドラマと比べても暗いシーンが多いでしょ。テレビはドラマでも何でも全体に明るいんだ。平均輝度が高いわけなんだけど、これも表示するテレビに原因がある。昔のブラウン管テレビもそうだし、今主流の液晶テレビもそうだけど、明るく光らせるのは得意でも暗い光、弱い光を再現するのが苦手だった。そういうテレビの性能に合わせたので、テレビ放送は全体的に明るい映像で作られるようになったわけだ。そのため、テレビを見ている間は強い光を見続けることになるので目の負担が大きい。それが激しく明滅すればポケモンショックのような事も起きやすい。
A美:映画はもともと画面が暗かったし、強い光よりも暗い光を表現する方が上手かったから、そういう撮り方になったということですか。
X氏:その通り。フィルムが燃えなくなっても、ランプの性能が上がっても、映画館は室内を暗くするスタイルは変えなかった。均一に明るくするのではなく、陰影を豊かに表現する方が作り手の表現の幅が広いという理由もあるだろう。だが、ほかにも理由はある。
B子:その理由を教えてよ。
X氏:それはまず体験した方が早い。騙されたと思って、部屋を暗くして映画を見てごらん。すぐにわかるはずだ。
B子:もったいぶるなぁ・・・。
X氏:画面の明るさの調節くらいはしなさいよ。今のノートパソコンなら、周囲の明るさに合わせて画面の輝度を自動で調整する機能があるかもしれないが、ディスプレイの設定などで画面の明るさを真っ暗な部屋でも眩しくならず、見やすい明るさに調整するといい。
B子:アタシはタブレット視聴なんだけど、そういう機能ってある?
X氏:設定アプリを見てみな。iPhoneとか、iPadなら設定アプリに「画面表示と明るさ」って項目があるよ。電池の節約にもなるから、たいていのモバイル機器には付いているよ。

翌日。
舞台は同じくいつもの喫茶店。X氏は昨日と同じく店の一番奥の席に居た。指定席らしい。

B子:いたいた! おっさん凄いな。マジで映画館だった!
X氏:(おっさん言うな)昨日の今日かよ。フットワーク軽いな。で、A美さんはどうだった?
A美:映画の映像だけが目の前にあって、すごく集中できました。映画の世界の中に入ったような感じでした。
X氏:それを“没入感”なんて言うわけだ。
B子:没入したした!
X氏:単純な話さ。部屋の灯りを消して真っ暗にすれば、映画以外のものが目に入りにくくなる。ゲームなどでVR技術が注目されているのも、ゲームの映像以外のものをゴーグルで遮るため没入感が高まることが理由のひとつだろうね。部屋が明るいままだと、いつも暮らしている部屋が周りに見えていて、映画に集中しにくくなる。映画という非日常の世界に入りにくくなるわけさ。イヤホンで外部の音を遮断するのも同じような効果があるね。
A美:部屋を暗くするだけで、いつもの部屋が映画館になるんですね。
X氏:まあ、そこがスタートラインというわけだ。
B子:アタシの話も聞いてよ! 『エクソシスト』がすげー怖かったんだよ。昔のホラー映画だし、もともと怖いっていうより、オカルトとか悪魔払いの話だって言うから、正直なめてた。
X氏:部屋を暗くしてホラー映画見るとか、なかなか肝が据わってるな。『エクソシスト』は怖い映画だよ。今のホラー映画ほど、びっくりどっきりな感じじゃないかもしれないが、最初の頃に病院で診察を受けているところからもう怖い。悪魔に憑かれた少女の演技も見事なものだが、暗いムードの映像、登場人物、街の雰囲気、がすべて怖い。
B子:うんうん。もう見れば見るほどヤベーって感じしかしない。でもあれだよね。カラス神父がカッコイイし、自分自身迷いながら悪魔と対決するストーリーも感動的。思った以上にいい映画だった。
X氏:カラス神父は母親を亡くしたことで信仰心を失いかけていた。だから、悪魔払いについても最初は断っている。そのあたりの葛藤がドラマに深みを与えている。さすがホラー映画の金字塔のひとつ。ただのオカルト映画にせず、悪魔の起源とか、悪魔憑きの現象を科学的な視点から見ているのがいいね。映画では診断や精神療法まで含めていろいろと試したうえで、科学や医学では解明できない現象だとしている。
B子:どこまで本当の話かはわからないけど、本当にリアルだよね。
X氏:『エクソシスト』はフィクションだよ。でも、実在する悪魔払いについてかなり研究していると思う。
B子:幽霊とか悪魔とか、本当に居るかっていうとなんとも言えないけど、会ったことないアタシにしてみれば疑わしいよね。それなのに、この映画を見ると「悪魔は居る!」って断言したくなる。
X氏:それはどうかと思うが。まあ、ハマったってことなんだろうね。
B子:ハマったよ。どっぷり。
X氏:『エクソシスト』も続編があるし、悪魔払いを扱った映画は今でも新作が出ているから、いろいろと見るといいよ。NETFLIXとかだと、『エクソシスト』で検索すると近いジャンルの作品も紹介してくれるから探しやすいね。
B子:探す探す。全部見るわ。
X氏:で、A美さんは何を見たの?
A美:あ、いえ、まあ普通の映画です。
X氏:まだ教えてくれないのか。残念だなあ。
A美:でも、部屋を暗くしてホラー映画を見るっていうのは良さそうですね。ホラー映画独特の世界に浸る感じが増すというか・・・。ホラー映画はほとんど見ないんですけど。
X氏:仕事柄、本格的なホームシアターを所有している人をそれなりに知っているんだが、ホラー映画好きは少ないね。
A美:なんでだろう。ホームシアターとは相性が悪いんでしょうか。
X氏:逆、逆。相性が良すぎて怖すぎるからだと思う。僕もホラー映画は好きな方だけど、最近は苦手になりつつある。
B子:それわかる。部屋を暗くするだけで怖かったもん。
A美:そんなに怖いんですか。

X氏、テーブルから立ち上がると、何も言わずに「PRIVATE」と書かれた札の下がったドアの奥に姿を消す。

B子:どしたの? トイレ?
A美:どうしたのかしら。

しばらくしてX氏が戻ってくる。手にはBDソフトと思われるパッケージを持っている。

X氏:興味があるなら見てみるといい。おすすめのホラー映画だ。
B子:『フッテージ』? 見たことないなあ。
A美:イーサン・ホークですね。主演ですか?
X氏:その通りだよ。詳しいね。
B子:ねえねえ、怖いの? コレ。
X氏:怖いよ。僕は初めて見たとき、怖すぎて途中で見るのを止めた。
B子:マジ! 超ビビリじゃん。
X氏:なんとでも言え。怖いというか、雰囲気とか圧迫感というのかな、このまま見続けるのはヤバいって感じがして中断。少し休憩してから再開したよ。まあ、ミステリー風に展開していくからなかなか楽しいし、よく出来ていると思うよ。見たら感想を聞かせてね。

再び翌日。いつもの喫茶店のいつもの席にいるX氏のもとに、A美とB子が現れた。A美はなんとなく不機嫌そうだ。

X氏:やあ、『フッテージ』はもう見た?
B子:見た見た・・・
A美:お返しします!
X氏:ぜひ感想を。
B子:殺害の場面がかなりグロかったし、びっくり演出がなかなか攻めてるよね。結構ビビった。連続殺人と思わせつつ、正体は悪魔だったね。話も面白かったよ。
X氏:NETFLIXで続編が配信されているよ(現在は配信終了)。
B子:マジ! 見てみるわ。
A美:もうホラー映画は見ません!!

なぜかA美の顔は真っ赤だ。

X氏:期待通りの感想ありがとう。ホラー映画は見なくてもいいけど、映画を見るときは部屋を暗くしてね。
A美:暗闇が怖くて電気付けていないと眠れません!! 

A美、B子の手を引っ張るようにして店を出ようとする。

A美:部屋を暗くするのは映画を見るときだけです!

第2話 了


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