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誰でもできるホームシアター入門 #4

第4話 近くば寄って目にも見よ(誤用)

登場人物
A美:映画好きな主人公。自宅で楽しめるホームシアターに憧れている。
B子:A美の友人でアニメオタク。ホームシアター好きというわけではないが映画館にはよく行く。
X氏:ほどほどに著名なAVライター。変人。
Z氏:X氏がいつもいる喫茶店の店主。詳細不明。

B子:画面に近づくってどういう意味?

A美:そもそもテレビ放送などで、“画面から離れてみましょう”って言ってますよね。

X氏:まず、画面に近づくってのはそのままの意味だよ。画面サイズというのは、物理的な大きさのことでもあるけれど、重要なのは視野のうちどれだけ画面が占めるかという意味でもある。何十メートルもの大きさがある映画館のスクリーンの場合でも、最前列では視野に画面が収まりきらないほどだけど、一番後ろの席で離れてみると、画面全体も見渡せるしもっと大きくてもいいと感じるはずだ。

B子:最前列とかありえねーし。首が疲れちゃう。

X氏:コンサートとかライブなら最前列が一番価格が高いし人気もあるのに、映画だと真ん中あたりが人気、どちらかというと後ろの方を選ぶ人が多い。学校の授業や講義でも一番前は人気ないね。面白い話だよね。

B子:ライブはバンドやボーカルの人を一番近くで見たいし、見られたい。講義なんかは逆に見られたくない。映画もそこに生の人がいるわけじゃないから、見やすい席が人気なんじゃないかな。

X氏:まあ、そんな理由だろう。

A美:それに最前列だと首が痛くなるし、画面の端に字幕があると読みにくいです。

X氏:そこが重要なポイントになるね。自動車教習なんかでも説明されるけど、人間の視野は左右で180度くらいはあると言われているけれども、前の車の動きとか、突然人が飛び出してきたりとか、あるいは文字を読むとか、視野の端だとよく見えてはいない。自動車運転だと動体視力も関わってくるから、時速40キロメートルで約100度、時速130キロメートルになると約30度に狭くなるとか言うね。映画の場合に限ると、約60度前後が理想的と言われている。わざわざ視点を動かさなくても画面全体が見渡せるし、字幕も読みやすい。

B子:ああそれ。画面が大きすぎると、洋画なんかの字幕を読んでいる間に場面が変わっちゃったりする。

X氏:ゲームでも、得点やさまざまな情報は画面の端にあるから、視点を動かす必要がない小さめの画面の方がプレイしやすいという意見もあるね。臨場感は減るけれども。まあ、要するに映画やテレビを見るという状況なら、目の前の画面の両端と視聴位置の角度が約60度だと見やすいということになる。

A美:そのような位置になるまで近づけば、画面の物理的な大きさは関係ないということですか?

X氏:そういうこと。スマホやタブレットだと数10センチメートルの距離になるけどね。テレビメーカーなどが言っている「最適視聴距離」というのは、表示パネルの画素が視認できなくなる距離を基準としておおまかな目安を算出している。だから、2K解像度のテレビだと3H(画面の高さの3倍)で、4K解像度なら1.5Hとかいうことになる。

B子:今ググってみたけど、65V型の4Kテレビは画面の高さが約80cmだから、最適視聴距離は1.5Hで約1.2メートル? 思ったより近いね。

X氏:一般的にリビングルームのテレビを見るときの視聴距離は2~3メートルくらいと言われているね。逆に言うと、テレビ画面が大きくなっても、小さくなっても、それに合わせてソファの位置を変える人はあまりいない。

A美:あっ、そうか。部屋の大きさやソファの位置が同じなら、テレビが大きなサイズになれば視野を占める範囲が大きくなるから大画面だと感じるのか。

X氏:理解が早くて助かる。だから、2~3メートルくらいの距離で見て、40V型や50V型だと理想的な大画面感よりも小さいから思ったよりも大きくないと感じてしまうわけ。経験的には60V型くらいがちょうどいいサイズだ。それが80V型とかになると、大きいというより近くて見づらいと感じてしまう人もいる。

 逆に言えば、40V型くらいの大きさなら、もっと近づけばいい。距離が縮まればちょうどいい大画面感になる。

A美:でも、そうなると視聴距離が1メートル以下になって、さすがにテレビに近づきすぎなのでは。

X氏:パソコンの画面に向かっている時の距離は1m以下、画面に手を伸ばせば触れるくらい近いじゃないか。スマホやタブレットはもっと近い。なぜテレビだけが近くで見てはいけないのか、そう考える理由がわからないね。

 画素が見える問題については、4Kテレビくらいの解像度になると、テレビに顔がくっつくほど近づいてようやく画素が視認できるレベルだ。個人的には、いわゆる最適視聴距離はもはや現代的な感覚とは合わないと思う。私見だけれども、画面に近づくとよくないのは、テレビ画面はかなり明るく、近すぎると目への負担が大きいためだ。映画のように部屋を暗くして、映像も明るさを落とした映画モードなどにすれば目の負担は小さい。視野に対する画面の占有率が同じなら、視点が動き回る量も変わらないから、何も問題ないと思うよ。

 子供は画質モードも変えないし、明るい部屋で明るい映像をかぶりつきで見てしまうから目への負担が大きくなる。それを理屈で説明しても理解しにくいから、とりあえず「テレビに近づくな」と言うわけ。君たちは少なくとも理屈のわからない子供じゃないし、きちんと理屈を理解し、正しい明るさで視聴するならば、視聴距離が近いことはなんの問題もないとわかるはずだ。

B子、目の前にスマホを持ち上げて、双眼鏡を覗くようなポーズをしている。

B子:スマホやタブレットで映画見るときも同じ? 画面にぐっと近づいて、適切な明るさで見ればいい?。なんか目の前すぎて、持つのが大変だけど。

X氏:スマホやタブレットの画素密度は薄型テレビよりももっと高いから、それくらい近づいても問題ない。ただし、2時間もそのポーズを続けるのは大変だよね。いっそのことバンドか何かで頭に固定してしまえばいい。そう、VRゴーグルがそれだ。

B子:ゲームなんかのヤツ? あれも目が疲れるとか言われてるけど。

X氏:VRの映像は右目用の映像と左目用の映像を個別に映す3D映像だから視差や視距離などの調整が合わないと目が疲れやすいのは確かだ。そして、ゲームだとどうしても視点の動きが大きくなるから、なおさら目の負担は大きいだろうね。それに頭に重い物を載せるわけだから肩も凝る。そういう負担はある。今はずいぶん改善されてきているよ。実際、VRゴーグルで映画を見るとなかなかの大画面だと感じるし、画面以外の視野を遮蔽するから臨場感もあるよ。

A美:なるほど、ゲーム機のVRゴーグルなら大画面テレビよりは安価だし、大画面感はある、と。

X氏:ゲームもやらないのにわざわざゲーム機とVRゴーグルを手に入れるよりは、今持っているテレビやタブレットに近づいて見た方がいいね。見やすい位置に置くためのスタンドくらいは必要だろうけれども。

B子、まだ双眼鏡を覗くようなポーズを続けている。

B子:スマホでちょっと試しただけだけど、確かに大画面な感じはある。部屋を暗くすればまわりも気になりにくくなるから、案外いいかも。

A美:それにしても、X氏はオーディオ、ビジュアル関係の宣伝記事とかを書いている人なんですよね。なのに大画面テレビを買わせたくないみたい。

X氏:そんなことはない。映画が好きで、そのために映画館のような大きな画面で楽しみたいなら、大画面テレビを買うべきだ。けれども、サイズ選びを間違えると出費のわりに満足度が低いから、くどくど説明してみたわけ。どうせならば大画面テレビの正しい使い方や選び方を知っておいた方がいい買い物ができるからね。

B子:なんかいきなり良いこと言った。でも、そういうことならもっと教えてよ。

X氏、意味ありげな笑いを浮かべる。

X氏:僕の説明を一通り聞いて、それに納得してテレビを選ぶと、たぶん、サイズはともかく一番高いテレビを買うことになるよ。

B子:そういうことか!? やっぱりセールスマンなのか!!。

X氏:お金を出すのは君たちだから、判断はご自由に。


第4話 了

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