【短文】『マリア』

⚠以下の内容を含みます。
・死体愛好
・殺人を匂わせる描写

直接的な描写はありませんが、観覧の際はご注意ください。

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「マリア、それ誰?」

「んー?子羊。」

くああっ、と欠伸を一つ。
ずるずると服を引きずり、眠たげに目を擦る少女は夢から醒めたばかり。

「マリア……いくら家の中だからってだらけすぎだぞ」

「別にいいじゃない、私とあなたの二人だけなんだもの」

全く悪びれた様子がない。この子は基本マイペースだ。
黙っていればお人形のような容姿と可憐さを兼ね備えているのに、僕にはそれが残念でならない。
誰でもこの子と一日過ごせばわかる。
一緒にいる僕は毎日振り回されてばかりだ。

「ねぇ、ワンピ取ってきてくれない?」

「それに着替えるんじゃないのか」

「さっさはね。でも今は違うの。ねっ?お願い」

「ハイハイ……」

マリアは生活能力に乏しい。
一人で何かをしようとかいう気持ちはないらしい。
……僕が甘やかせすぎたのも原因かな。
クローゼットを開くと、ずらりとハンガーに掛けられた服が現れた。
そのほとんどが白と黒で統一されている。
世間ではゴシック・ロリータと言われる類のファッションを、マリアは愛用していた。
それらの服を買い揃えるのは専ら僕の役目なのだが。

「はい。取ってきたよ」

「ありがと」

マリアは僕の手から服を受け取ると、僕の目を気にすることなくその場で下着姿になった。
それも今に始まったことじゃない。
もうすっかり慣れてしまった。
いそいそと服に袖を通す少女の姿をぼんやりと見つめる。
そして一旦動きを止め、

「ん」

「ハイハイ……」

服を簡単に引っ掛けただけで、あとは僕に全て任せようとする。
だらりと力無く引っ掛かったままの服を整え、最後にファスナーを上げた。
僕の作業が終わるやいなや、マリアはその場でくるりと回ってみせた。
少女のワンピースの裾がふわり、と舞う。

「可愛いでしょ?」

小悪魔的な笑みを浮かべる。

「うん、可愛いよ」

あぁ、僕のマリア。


僕とマリアの出会いは半年前に遡る。
マリアはどん底だった僕の人生に光を射してくれた。
ある日突然、マリアは僕の目の前に現れた。
名前も知らないその少女のことを、僕はいつしかマリアと呼ぶようになった。
だからマリアの本当の名前を僕は知らない。
名前だけじゃない。僕が知っているのは彼女の表面上のことだけで、マリアの素性については一切わからない。


「ねぇ、手伝ってよ」

見るとマリアはソファーに横たわる“子羊”の服を脱がせ始めてた。

「その子羊って……僕のかい?」
「うん」

にっこり。
まさにそんな感じに笑ってみせるマリア。
成る程、昨日はこの迷える子羊を調達していたわけだ。

「ね、しないの?」
「ここで?」
「はやく。あなただって我慢できないでしょう?」

くすり、と挑発的な笑いとともに催促してきた。
僕は本当に彼女のことがわからない。
マリアが何故それを望むのか、何度同じ事をしようと理解できない。
ただマリアはそのためだけに、生贄を僕に差し出す。


……僕の死体への一方的な行為を、マリアは何故か見たがる。
そのためにどこからともなく生贄を調達してくるのだ。
死体の出所はわからない。
僕はマリアの事を、何も知らない。


「全て愛なのよ。愛があってこそ、初めて人は生まれ変われる。つまり、汚れた魂が浄化される」

「浄化?」

「そう、人間は生まれた瞬間から、罪を背負っているわ。人が最初に背負う罪……それはこの世に生まれる事なの。何故なら人間は生きていれば必ず罪を犯すわ。母なる大地を我が物顔で支配し、自然を破壊して、他の生物の生命を脅かす。人間が生物の頂点だという奢り。恐ろしい……罪悪だわ」

「それがどうして愛で魂が浄化されるの」

「簡単よ。他者への愛は相手を思いやる事でしょう?他の動物を、植物を、自然を、そして他人のことを思いやるという事は、お互いの存在を認め合っているという事。自己中心的な考えは邪悪なの。愛よ。全ては愛なの」

その考えが良いことなのか悪いことなのか、何とも言い難い。
マリアは“悪”を嫌悪する。そこから来る持論なのだろう。
……もしや。

「君が連れてきた子羊達って……何か罪を犯したのかい?」

「ええ、そうよ。だから浄化が必要だった」

「浄化……」

そこではたと気づく。
マリアの目的が解ってしまったのだ。

「つまり君は、僕の愛で、彼等の魂を浄化しようとしたわけだ」

「ふふっ、正解」

なるほど。
謎が一つ解けた。

「正解ついでに教えてあげる。なぜわたしはあなた達の行為を熱心に見るのか」

「……趣味かい」

「それもあるわね。でもそれだけじゃないわ」

「うーん……」

「わからない?」

「お手上げ寸前」

「あなたなら解るわ」

「……あ。そうか、愛だ」

「正解!」

「君は愛が生まれる瞬間が見たかったんだ」

「愛は何よりも美しいわ」

「なるほどね……」

「あなたは愛している。死の冷たさに凍える魂の器を、二度甦りはしない朽ちゆくだけの身体を。あなたは、愛している」

僕は愛している。
生命の色を失った身体を。
温もりを無くした身体を。
声を出す事を許されぬ身体を。
世界を映す事が出来ない身体を。
自由に歩く事も、考える事も、絵を描くことも、笑う事も、悲鳴を上げる事も、感動する事も、恐怖する事も、眠りから目覚める事も出来なくなった身体を。
僕は、愛している。

「その子はね、母親に虐待されてたの」

僕は目の前のやせ細った身体を見た。

「自分の存在を許されず、人格を徹底的に否定され続けて、お前は生きてちゃいけない人間なんだって虐げ続けられていたの。何年も、何年も……」

そんな母親、最低でしょ?
だから罰を与えたの。

「彼は立派だったわ。何年も自分を支配していた母親に勇気を振り絞って立ち向かったんだもの。私は、彼の手助けをしただけ。そして彼は、見事にそれをやり遂げてみせた……」

「なるほど。でも、それなら何故、彼は死ななきゃならなかったんだ。彼は、」

「ええ、彼は確かに悪を滅したわ。でもそれと引き換えに、母親殺しという罪を犯したわ」

「そんなの、滅茶苦茶じゃないか」

母親を殺すように唆された息子は、それを実行した。
そう仕向けたのは、他ならぬマリア自身だ。

「こうするしかなかったの。残念ながら、母親の方はもう完全に悪に染まりきっていたから、救い出すことは不可能だった。けれど、息子の方は違う。彼は、勇敢にも悪に立ち向かった。だから彼には救われる権利があった」

だから、あなたの愛で彼を救ってほしいの。

その微笑みは神々しいほどに、慈しみに溢れていた。
まるで聖母マリアのように。

「そうか……わかったよ」

何が正しくて悪いことなのか、当事者でない僕にはわからない。
わからないけれど、それでいいんだ。
深く考える必要はない。
それがマリアの望むことなら、僕はただ、マリアから与えられるがままに“子羊の罪を浄化”していればいい。
そうして僕の犯した罪が、マリアの手によって裁かれる、最期のときまで。

それが今まで“愛する”ことばかりしか出来なかった僕の身体が、唯一“愛される”最初で最後の、最高の瞬間になるのだから。




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過去文リサイクル第5弾。

趣味を詰め込み倒した結果こうなりました。

小説家になろう様にて投稿していた長編(短編集)『鬱小説』に同名の少女が登場しております。
子羊の彼の生前のエピソードです。

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