【短文】『きみのぬけがら』

僕と、君の部屋。
僕は、ソファに座る君を見つめる。
けれど君は、目の前に立っている僕を見ない。
二人は確かに此処に居て、お互いに触れ合える距離に居ると云うのに……。

其処に居る君は、間違いなく僕の知る君だけれど、君は、いま目の前に居る僕を知らない。
一週間前の君が其処に居る。


先週の木曜日――――君は、僕に別れを告げた。
僕は、悲しくて悲しくて、君が出て行った部屋で一人泣き続けた。

翌日、僕は君に、『さよなら』と告げる。
其処に一人、君を置き去りにして。

そして――――土曜日の朝。
君は、僕の部屋に突如として現れた。
君の抜け殻……僕に別れを告げる前の、僕を愛してくれていた頃の君。

稀に、あるのだと云う。
誰かを愛していた最後の記憶が、幻の影を作り出し、一番思いが強く残った場所に、ほんの僅かな間だけ留まることが。


僕は恐る恐る、君の隣に腰掛けた。
伏し目がちで、少し眠たそうな君の横顔をじっと見つめる。
君は同じ姿勢のまま微動だにせず、やはり僕のことを見ようともしない。

当たり前だ。此れは、ただの記憶に過ぎない。
この現象を幽霊やオカルト等と結びつけて考える者も少なくないが、僕には全く別物にしか思えない。
そして、実際にこの現象を目の当たりにして、僕はより確信を得た。
此れは、限りなく“モノ”に近い。

まるで人形のように行儀よく膝の上に乗せられた君の手に、僕は自分の手をそっと重ねようとした。
君の手は、するりと、すり抜けた。

君は、確かに此処にいた。
其れは確かなこと。紛れも無い事実。
そして、もう彼女は此処にいないこと。其の逃れようの無い現実を突きつけられて。

僕はまた、一人で泣いた。


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たった今書き終えたばかりの出来たてホヤホヤです。書き始めたのはかなり前ですが…。
細かい設定とかは深く考えてないのでふわっと読んでください。


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