【短文】『わたしは不出来な人形なので』

わたしの恋人はとても人形好きな人です。
彼の部屋にはたくさんの人形がいて、彼と一緒に暮らしています。
人形の髪を優しく梳いたり服を着せ替えたり、人形と向かい合っている時の彼はとても楽しそうで、わたしはその様子をそばで眺めるのが好きでした。


今日の彼は機嫌がいいみたいで、わたしの髪も梳いてもらえることになりました。
じっとしてろよ。彼の言い付け通りわたしは身体の一切の動きを止めました。
お前の髪は好きだよ。昔そう褒めてくれたことは今でもはっきりと覚えています。
ゆっくりと、とても長い時間をかけて、彼はわたしの髪を梳いてくれます。
あまりにも長い間そうしていたので、わたしは我慢出来ずについ目を閉じてしまいました。
いけない、と思った瞬間ブラシの柄で頭を殴られました。
馬鹿野郎、人形が瞬きするんじゃねぇよ。
ごめんなさいとすぐに謝りましたが、今度は人形が喋るなと怒られました。
わたしはとても不出来な人形なので、こうしてよく彼に叱られてしまいます。
結局この日は彼の部屋から追い出されてしまいました。


彼にはお気に入りの人形がいます。
最近彼の部屋で暮らし始めた莉乃亜というお人形です。
彼にはとても言えないことですが、わたしは莉乃亜が嫌いです。
一番新しくて彼好みの顔をしているからか、最近の彼はこの人形とばかり遊んでいます。
わたしは羨ましくて羨ましくて仕方がありません。
それというのも、わたしと莉乃亜の顔は瓜二つなのです。
それなのに彼が莉乃亜を選んだのは、わたしが不出来な人形だったからに他なりません。
わたしがもっと早く彼が望んだ人形になっていればよかったのにと、いつも後悔するのです。


彼がちょっとした用事で部屋を空けました。
人形だらけの部屋に今はわたしだけしかいません。
わたしは彼のお気に入りの人形をじっと見詰めました。
それから部屋中をぐるりと囲む人形達をひとつひとつ見渡しました。


もしも世界があなたとわたし、二人だけだったら。
それはどんなに素敵なことでしょう。


おい!これはどういう事だッ!
怒っているのですね。
当然でしょう、彼の命より大事な人形をすべて燃やして灰にしてしまったのですから。
何考えてんだ、一体どうしてくれんだよ!
まあ、そう怒らないで。あなたの一番のオキニイリはまだ無事ですよ。
ああ莉乃亜!よかった、お前だけでも無事で!
本当に、その人形しか見えてないんですね。
頭だけの姿でもあなたはその人形を愛せるのですか。
それならわたしでも同じことでしょう。
わたしなら身体もあります。
ちゃんとした人形になれます。
あなたのお気に入りになれます。
わたしはその人形と同じです。
だってわたしと莉乃亜は双子なんですから。
別々の身体で産まれてきたからいけなかったんです。
だからひとつに戻しました。
やっぱり死後数週間経ったのなんか食べれたものじゃないですね。
でも頑張って飲み込みましたよ。
だってあなたのためですもの。
そのためならなんだって出来るんですよ?

さあいつまでも莉乃亜莉乃亜言ってないでそんな物棄てなさいよ。
もう必要ないんだから。
あなたにはわたしだけいればいいの。
燃えろ燃えろ燃えろ。

どうしたの、何で泣いてるの。
やっと二人っきりになれたっていうのに、変な人。
そうか、まだ終わりじゃないのよね。
あなたがわたしを選んでくれなかったのはわたしが不出来な人形だったから。
それがいけなかったのよね。
待ってて、すぐ完全な人形になるから。
そしたらあなたはわたしを愛してくれる。
わたしはあなたのお人形になるの。
あなたはずっとわたしのもの。

愛しています。



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過去文リサイクル第4弾。

昔のものばかり更新してますが、スキやフォローしていただきありがとうございます。

短い文章のストックがそろそろ尽きそうなので、これも昔に書いた詩でも載せようか検討中です…。



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