【掌編小説】おもいで

 白く乾いた茶色い土に、ぽとり、ぽとりと。黒いしみが落ちていた。

「ちょこれーとだ!」

 女の子が言う。

「かのちゃん、ちょこ、れぇ、と!」

 女の子がしゃがんだ。

「かのちゃん!」

 ひかりを受けてふわふわ揺れる、か細く短く逆立つほつれ毛。女の子のうしろ頭と、黒いしみ。

「かのちゃん!ほら!」 

 腰を折って、目をしみに近付けた。じんわりと、ふっくらと、縁から盛り上がり、縁から剥がれそうで、かさぶたみたいに。
 小さい白い指が一本、めりめりと土にくい込みながら、しみの下へと沈む。ゆっくりとぐるり、ほじった。そっとつまみ上げて、手のひらに乗せる。顔のまん前に、つき出された。

「ね!」

 女の子が言った。


 「たっくん、えっちだからとなりやだ!」

 女の子が言った。

「そんなあ」

 お姉さんが言った。見てる。
 見られた。

「かのちゃんは、大丈夫よね」

 お姉さんが笑った。

 おふとんをかぶっている。たっくんの手がそろりそろりと伸びてきた。ズボンに忍び込み、パンツの上の、だいじなところで、指がもそもそと動く。

「やめて」

 もそもそする。やめてくれない。

「じゃあ、ご、かぞえるあいだだけだよ。いち、にぃ、さん、し、ご…」

 たっくんの指がぐいとパンツの中に入ってきて、触わった。閉じたまぶたがぶわっと熱くふくれる。涙があふれた。


 おふとんをかぶっている。ぱちりと目を開けると、障子がピンク色に染まっていた。首をねじる。お母さん。起きない。目を閉じたまま。天井をあおいだ。ピンクのつぶつぶが宙に、部屋中に、淡く漂っていた。


 白く乾いた茶色の土に、ぽとり、ぽとりと、黒いしみ。

「ちょこれーとだ」

 わたしが言った。


(了)


#小説 #掌編小説 #原稿用紙二枚分の感覚