寧静
窓を開くと、一面広がる大海原。
水平線も、陸もない。
そんな、ちょっとありえない光景を時折夢見るのは、子どもの頃の記憶による。
青森県むつ市大湊に、母の実家があった。
訪れたのは、二十歳までには一度だけ。
九つだった。
部屋より広く暗い土間の先に、居間の灯かりがぼんやりと。
炬燵でりんごを剥く。
腰高窓を開ける。
ゆらつく夜の水面。
浮かびあがる白鳥の群れと鳴き声。
りんごの皮を放り投げる。
切れ切れのこれらはどこまで見たか、想像したか、とっくに区別できない。
一昨年、最後になるであろうクラス会に出かけたいという母に付き添い、叔母家族の家となったそこに一泊した。
建て替えし土間はなくなり、以来一年中湿気がひどいという。
窓に目をやると、遊歩道を挟んだ向こうに海が見えた。
昔、もっとすぐそばまでが海だったか訊くと、そうよと、母たちは答える。
波は?
ここは、湾だから。
従兄弟がただいまと、帰宅した。
まばゆい白は海上自衛隊の制服。