あの日に見た大きな後ろ姿

夫と久しぶりに遠出し、帰りの電車に乗った。電車の中は日曜日ということもあり、混雑していたが、席が二つ空いていた。進行方向に対し、左右に一つずつだった。

夫はいつも私を座らせてくれるので、進行方向に対し左側の席に座ることにした。私の隣には、足元に大きな荷物を置いた高校生。男の子で、ものすごく体が大きく、坊主だった。柔道部かな?野球部のスラッガーかな?といった風貌。その高校生は、とても肩を狭めて座ってくれていたので、私は狭いなあとも感じず、するっと座ることができた。夫は私の前に立ち、スマホを見ながら私に話しかけてくる。

すると高校生が立ち上がり、夫に席を譲ってくれた。彼は向かい側(進行方向に対し右側)の席に座った。両隣が男性だったので、なかなか狭そうだったが、真面目な顔をして私に一礼してくれた。こんな風に席を譲ってもらったのは東京では初めてだったので、私は口をぽかんとしながら一礼し返した。

しばらくすると、彼が電車を降りる素振りをしたので、私は精一杯笑顔で彼に会釈した。彼もニコッとしてくれた。私たちもその駅で降りるので、彼に道を譲ってから、降りることにした。

これだけでも私は「なんていい子なんだろう、一生幸せに生きていってほしい」と思った。が、その子はそれだけじゃなかった。

電車から降りて、夫に「あの子本当にいい子だね、どんな風に育てばあんなにまでいい子になるんだろう」と話していたら、夫が立ち止まり、彼の後ろ姿を見てニヤニヤとしていた。何?と聞くと、「あの子の左手見てごらん」と。
右手には大きな荷物を抱えて、左手にはなんと、袋に入ったカーネーションが握られていた!!!デカい体で、恐らく部活の帰りであろう、あの大荷物に加え、カーネーションである。そう、その日は“母の日”だった。

夫は、カーネーションが大きな荷物の横に隠れていたことを電車の中で発見していたらしく、感動し、カーネーションが他の人に踏まれないか懸命に見張っていたらしい。

「お母さんになんて言って渡すのかな?お母さんなんて言うのかな?」と私が聞くと、「きっとあんなにいい子だから、毎年渡してるんだろうな。母の日おめでとうねー!とか言って渡して、お母さんも大袈裟なくらいに喜んでくれるんじゃない?『わざわざ良いのに〜!』とか『ありがとう〜嬉しい〜!』とかさ」と夫が答える。こんな妄想を二人でずっとしていた。

夫も私も、お店にある“母の日”広告を見ながら、「母の日なんて言葉に出したら地元にいる母に何かせがまれる…」とか「消費行動促すだけの広告なんざ、あたしゃ興味ないよ」なんていう汚い心持ちで一日外出していたのに…。

夫はスマホを取り出し、「母の日だね、おめでとう」と義母にLINEを送っていた。(一応、私は帰省した時に妹に頼んでケーキを買い、母の日のお祝いは済ませていた。ただ姉妹共々自分がケーキを食べたいだけだったが。)

私たちは帰路につきながら、心にお花が咲いたくらい幸せな気持ちになった。
彼は、きっと部活で疲れているだろうにも関わらず、母を気遣う心を持ち、私たちのような誰かもわからない他人をも気遣うことができる。
小さく見えるカーネーションを左手に握った、彼の大きな後ろ姿が忘れられない。

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