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死刑囚再利用プログラム -Dead or Dream-〈5〉第一章-01


第一章
芳田裕介 編-01

《 出逢い 》



——— 午前 6時8分

電話の音に叩き起こされた。
暦の上ではもう春とはいえ、まだまだ朝晩は肌寒い。
こんなときは1秒でも長く布団にくるまっていたいものだ。

安眠妨害の犯人は師として尊敬する人物だった。

「裕介、朝早くにすまない、3~4日取材にでかけてくる」

用件だけを伝えるとこちらの反応を待つこともなく電話が切れた。



——— 今から9年前
俺が22歳の頃から付き人をやっていた荒井端望こと、中山望。

その2年後に彼は29歳で直木賞を受賞し一躍有名になった。


俺はというと、学生時代から小説を書くのが好きで、新作を書くたびにサークルの仲間や、仲の良い先輩たちに読んでもらっていた。


卒業後も小説家としてのデビューを夢見て、アルバイトをしながらそんなことを続けていた。


しかし、周りはみんな正社員として社会に出てバリバリ働いている。
いつまでも学生の時のようにはいかない。
自分だけが置き去りにされている様な気まずさを感じ、こちらから連絡することは徐々に少なくなっていった。


あるとき、仲の良かった先輩から連絡が入る。

「久しぶり、元気してる?今も小説書いてる?」

学生の頃と同じ、明るい声が聞こえてきた。


どうやら、先輩の同期の兄貴が、荒井端望という名前でプロの小説家をやっているという。
その同期経由で俺のことを紹介してくれるという内容だった。



裕介はこの縁を手にするよりもずっと前から、荒井端望の名前を知っていた。

彼の作品はどれも、読み始めて僅か数行でその世界観の中へとダイブしていく印象を受けた。

まさかそんな人と出会えるなんて先輩には感謝してもしきれない。
そして荒井端望の弟である中山俊さんの連絡先を教えてもらい、後日会う約束をすることができた。

場所は彼が作業場として使っているマンションに来るように言われた。

プロの現場に行く機会なんてそうそうあることではない。
これはチャンスと思い、自分の小説の中で、一番自信がある作品をプリントアウトしてリュックに詰め込んだ。

A4用紙で約200枚弱、中々のボリュームだ。
憧れの小説家と会えることの高揚感が重さを忘れさせ、裕介の歩みはとても軽快だった。


マンションの最寄駅で俊と合流し、案内してくれることになっていた。

俊は裕介の2個上で年が近いこともあり、短い時間だが意気投合し盛り上がった。

道中、兄である荒井端望のことを教えてくれた。
まず、年齢は俊の3個上で今年27歳になるということ。

そしてペンネームの荒井端というのは望が中日ドラゴンズのファンで、好きな選手たちの名前を組み合わせて適当に作ったということなどを話してくれた。
ちなみに望は本名らしい。

そうこうしているうちに作業場であるマンションへ着いた。

そして4階にある作業部屋へお邪魔する。

「兄さん入るよー。この間話した小説家を目指しているっていう人連れてきたから」

特に返事はないが、俊は気にせず入っていく。
裕介もその後を追うよう付いていった。


プロの小説家の職場に入るのは初めてだったため、勝手に原稿や資料が山積みになっているものと想像していたが、実際はパソコンで書くため、思ったよりもすっきりしていた。

作業部屋へと入ると俊が裕介のことを簡単に紹介してくれた。

ついこの間まで大学生だった俺はまともな社会人としての礼儀もなく、
室内にもかかわらず大声で自己紹介した上に、カバンから自作の小説の束を取り出した。

「僕も小説家になりたいと思っています!よければ読んでください!」

まるでラブレターでもわたすかのように両手で勢いよく差し出した。
それも可愛い封筒に入った二つ折りの便箋ではなく、コピー用紙に刷った、色気のない超大作のラブレターだ。


どこぞの馬の骨かもわからない素人が書いた物を、多忙なプロの小説家に「読め」だなんて、今では恐れ多くて言うことができない。


しかし、このときは舞い上がっていてそれに気付かなかった。

ただ、今思うとそれを横で見ていた俊が苦笑いしていたような気がする。


当の本人は特に嫌な顔もせず受け取ってくれた。

「うん、でもすぐには読めないから時間頂戴」

そう言って引き出しにしまった。


その後、俊は別の約束があるため先に帰ることになった。


帰り際に俊が裕介に笑いながら言った。

「うちの兄は小説家としてはすごいけど、それ以外はポンコツだからよろしく」

以前、まだ実家にいたときに2人の両親が2泊3日で旅行にったとき、俊は友達と同じく2泊3日でキャンプに行き、望だけが家に残ったときのこと。

小説を書くことに没頭しすぎて、食事はおろか水分も取らず、睡眠も殆どとらないまま四六時中執筆作業に没頭すること3日。


自宅で倒れているのを帰ってきた両親に発見され、過労と栄養失調で入院したことがあるそうだ。


更に入院中も、夜中だろうが小説を書き続けて看護師さんに烈火のごとく叱られたという。


今では、小説家として徐々に人気が出てきたことで、より集中できる環境としてマンションを借りて執筆しているが、前科があるため家族から常に心配されている。

そんな中小説家志望の若者が望を紹介してほしいと言ってきたのは、まさに渡りに船だった。


「できることなら、このまま弟子入りして身の回りの世話をしつつ勉強してもらうのってどうかな?」

帰り際の俊のから夢の様なオファーが飛び出した。

裕介は二つ返事で快諾する。

一生分の運を今日一日で使い果たしたことをはっきりと感じた。


...当事者である自分を放置した状態で、自分のことが秒速で決まっていく。

望は「こんなの聞いてない」という表情を俊に見せたが、
俊も「言ってない」という意味を込めてニヤリと笑みを浮かべて返す。

「父さんも母さんも心配してたよ、とりあえず昨日と一昨日は何食べたか言ってみ?」

俊による尋問が始まった。


途端にわかりやすく天才作家の目が泳ぎ出した。

「...まぁ、家事とかやってくれるなら別にいいかな。ただ人に教えるとかしたことがないけど、それでもいいなら全然...うん」

陥落した。いや、承諾した。

多分だけど、この男は昨日も一昨日も食事をとっていない。


「5本、これ今日のノルマな」

俊はリュックから野菜ジュースが大量に入ったビニール袋を取り出し望にわたした。

「...ぅす」

口を尖らせて小さく返事をしながら受け取った。
もうどっちが兄かわからない。



——— 裕介はその日のうちにバイト先に連絡し、すでにシフトが決まっていたが、それすらも断って強行でやめることを伝えた。

店長には電話越しに親の仇のごとく怒鳴られたが、もうどうでもいい、何を言われようと意志は固かった。

すべてを後回しにしていいほどのチャンスに巡り会えたのだ。


ここが人生のターニングポイントだと裕介は確信していた。



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