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寺田和代「本と歩く アラ還ヨーロッパひとり旅」 第3回 ブルガリア篇(8)

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ブルガリア篇(8)
欧州で最も古い街のひとつプロヴディフへ


 アパートに戻って荷物をピックアップし、セヴトポリス広場をつっきって、再び鉄道駅に。
広場では明後日から始まるバラ祭りのリハーサルなのか、子どもの鼓笛隊が練習をしていた。風が吹くと、そこでも花壇に咲くバラの香りをかすかに感じた。よい香りをありがとう。さよならバラの街。

カザンラク駅から再び国鉄電車で約3時間、ブルガリア第二の街、プロヴディフに向かった。
旅の前までは、その名をかすかにさえ聞いたことがなかったけれど、歴史的・文化的にブルガリアでもっとも重要な街なのだそう。
なにせ紀元前19世紀にはここにトラキア人の集落があったことがわかっていて、紀元前4世紀にはマケドニアの重要都市のひとつになり、その後ローマ帝国に吸収され、14世紀にオスマントルコに占領された。
ほとんど忘れているけれど、高校世界史で習った主要な欧州史のすべてに関係がありそう。
そんな街にわずか一泊、滞在20時間でどこまで歩けるかわからないけど雰囲気の一旦にふれるだけでも……

どしゃ降りのプロヴディフ旧市街

 プロヴディフ中央駅は豪雨だった。
駅前から市バスで約15分。旧市街地入り口の停留所で降りたものの、5メートル先がかすむほど雨足が強い。
目的地の旧市街は、バス停正面にたちはだかる崖の上とわかったけれど、どうやって行くのかがまるでわからない。
立っているだけで道に打ちつける雨の跳ね返りで靴も荷物もびしょびしょ。ボブ・ディラン「A Hard Rain’s a-Gonna Fall」が7回ほど脳内リピートし終える頃になって、車道100mほど手前にトンネルらしきものがあり、そこから人が出入りしていることに気づく。どうせびしょ濡れだし、思い切って歩き出しトンネルを進むと、なあんだ、その先が旧市街の入り口だった。

 宿はその入り口からほんの200mほど。停留所から見上げた要塞の真上だったんだ。この日は夜半までついに雨が上がらず、徒歩1分のちいさなレストランで夕食(写真)を食べる以外はどこにも出かけず、早めに寝た。

B&B隣りのおしゃれレストランで食べた夕食
おはようプロヴディフ! 部屋の窓から見た朝の街
B&Bの果物たっぷり朝食。この旅で泊まった宿のなかでいちばん豪華だった

翌朝は真っ青な空。この旅を通して最もリッチだった宿の朝食を夜までお腹が持つようにたっぷり食べたあと、荷物を預けて街歩きへ。
上階が張り出した家々が連なる独特の景観や、細い路地の風情を味わいながら、そこからいちばん近い地域民族学博物館を訪ねる。

 インタンブール出身の豪商が1847年に建てた屋敷で、屋根の波打つような曲線とファサードに描かれたブルガリアの伝統的なモチーフに見入ってしまう。
一階だけで500㎡、570個もの窓があるらしい。内部には遠来の客をもてなす応接間、客間、台所などが当時の姿のまま展示され、その豪華さに息をのむ。
王でも貴族でもない、宗主国オスマントルコ出身の一商人にすぎない個人邸でこれほど贅沢な暮らしが営まれていたなんて。いや、この屋敷だけが突出して豪華なのではなく、エリア全体に点在する豪邸とそれらが作る贅沢でエレガントな街並みを見ていると、この街がいかに豊かなコスモポリタンシティだったかがわかる。

上階が飛び出たスタイルの家々がつくる街並み
地域民族博物館はトルコの元豪商屋敷。波打つ屋根とファサードがゴージャス
紀元前4世紀に造られた旧市街地の門、ヒサル・カピア(要塞門)

 地域民族学博物館の隣に建つ白い鐘楼は、古代キリスト教会跡地に1832 年に建てられた聖コンスタンティン・エレナ教会だ。
古代と呼ぶのは教会そのものの起源が4世紀までさかのぼるから。
キリスト教が禁じられていた当時、37人の地元キリスト教徒が時の権力者に弾圧され、殺されたことを記憶するために "古代" の史実を語り継いでいる。
内部の壁いっぱいに描かれた宗教画には遠い過去の殉教者らへの慰霊と鎮魂の意味があるのだろう。

 今は訪ねる人もまばら。すわって壁画を眺める間じゅう人影も声もなく、大きな窓からは木々のそよぎと鳥のさえずりだけが聞こえていた。

姿とは裏腹に血なま臭い歴史に彩られた聖コンスタンティン・エレナ教会の鐘楼
壁いっぱいに描かれた宗教画は殉教者を弔うものだろうか

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と優しいメモ  へつづく
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