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寺田和代「本と歩く アラ還ヨーロッパひとり旅」 第2回 ジョージア篇(17)

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ジョージア篇(17)
5000m級の山々に囲まれた孤高の三位一体教会


 アナヌリ要塞から約1時間で最終目的地、孤高の聖地、三位一体教会にいたる山麓のまち、カズベキに。5000m級の山々が間近に迫る景色や、いつ果てるともわからない羊の群れを移動させる羊飼いの姿……。
小説を読んで想像していたスケールを遥かに超える広大さ! ジョージア文学を代表する一人、アレクサンドレ・カズベギ『アレクサンドレ・カズベギ作品選』(三輪智惠子訳)の作品舞台だ。

19世紀半ば、この山深い地域の貴族階級に生まれた著者は、トビリシとモスクワの最高学府で学んだのち故郷に戻り、ロシア帝政下で民族間の争いにいやおうなく巻き込まれる羊飼いや農民の苦難を知ろうと自らも羊飼いに。
その体験をもとに書かれた『ぼくが羊飼いだった頃の話』など4作を収めた作品集には、コーカサスの大自然のなかで、村の因習や掟に縛られ・守られながら生きる人々の姿がいきいきと描かれ、今さらながら自分の想像力の限界に気づかされ、世界の広さと奥行きに目を見開かれた。

そういえば、前述した『僕とおばあさんとイリコとイラリオン』の “僕” の優秀さを表す場面として、トビリシの部屋に並ぶ本のなかにアレクサンドレ・カズベギの名があったっけ。

三位一体教会の山麓に広がるカズベキのまち


  教会がある山の中腹で地元ドライバーが運転する4WDの車に乗り換え、急勾配を一気に登る。突然視界がひらけたかと思うと、2170mの峰の頂上に絵画のような、いつか見た夢のような…紋切り型のどんな形容も追いつかない光景が待っていた。『アレクサンドレ・カズベギ作品集』のカバー写真でもおなじみの景色。ゲルゲティ村の三位一体教会、14世紀に建てられたジョージア正教の聖堂と塔だ。

 旅行者(参拝者)は建物群から300mほど下の駐車場で4WDを降り、晴れていれば5000m級のコーカサスの峰々のパノラマティックな眺めを楽しみながら最後の急峻な坂道を歩いて登る。

 人里から断絶されたこんな高地に、だれが、なぜ、どのようにしてこの石造りの教会を建てたのだろう。14世紀といえば、欧州全域でペストが大流行し、ジョージアはペルシャ、オスマン帝国など大国から絶え間ない侵略を受けていた頃。
「だから、この場所だったのでは」とガイドさん。ジョージア人の精神的支柱ともいうべきジョージア正教の宗教的宝物や書物を侵略者から守るために、よそものが容易には近づけないこの場所が選ばれたのでしょう、と。
聖職者たちはペスト禍の世界から自分たちの身を守るためにここで暮らしたのだろうか。でも食料調達の手だて一つとっても想像できない絶海の孤島のようなこの場所でどうやって?

三位一体教会の塔。重要文書の保管庫でもあった

 薄暗い聖堂内であれこれ想像をめぐらせていると、足首まで隠れる黒いローブ姿、長い髪に胸まで届く長い髭をたくわえた、14世紀から変わらぬスタイルの修道僧が小さな扉から入ってきた。祭壇の三位一体(父と子と精霊)を表すシンボル、壁のフレスコ画、数点のイコン画に次々と祈りを捧げている。

帰り際、聖堂の外で再び会った彼が、石造りの外壁にもたれアイフォンを操作している姿になんとなく安堵した。厳しい自然環境やストイックな暮らしのなかで聖地を守る、それだけで神のように見える人もまた、自分と同じ今という時代を生きる人なのだ。

5000m級の山々を背景に建つ三位一体教会の孤高の姿

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