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【ブックレビュー】アン・エンライト『グリーン・ロード』/クレア・キーガン『青い野を歩く』  (寺田和代)(「本と歩く アラ還ヨーロッパひとり旅」第1回 アイルランド篇)


■アン・エンライト『グリーン・ロード』
伊達淳訳、白水社

アン・エンライト『グリーン・ロード』伊達淳訳、白水社、2023年1月


モハー断崖やバレンがあるアイルランド西部、通称 “緑の小径” に建つ家から世界へと巣立ったきょうだい4人それぞれの人生の軌跡を描く第1部、
家を売るという母の手紙を機に25年ぶりに帰郷した一家の再会劇の第2部からなる長編家族小説。
存在感が希薄だった父と自己喪失気味に生きた母の関係性が成長した子の心にもたらした複雑な影と、それゆえに募る家族への思慕が交差する再会劇のリアルさに、まるで自分がそこに居合わせたかのように引き込まれる。
家族愛をめぐる通俗的な記述に鼻白む部分もありながら、故郷の自然の美しさや家族であることの “憧憬” を力に、皆がそれぞれの孤独を受け入れ、自分が生きられる場を築こうと奮闘する真摯さに胸打たれる。


■クレア・キーガン『青い野を歩く』
岩本正恵訳、白水社

クレア・キーガン『青い野を歩く』岩本正恵訳、白水社、2009年12月

 カトリックの息苦しい教義、根深い家父長制、因習にみちた田舎のコミュニティで生きる慎み深い人々の心が秘めたなまなましい情感、放埒のまぶしさ…。孤独で不器用な人々を主役に据えた8つの短編は、いずれも簡潔な文体ゆえに深い心情の機微が読み手の胃のあたりにズシリと響く。
かつて関係を持った女性の結婚式をとりしきる神父の一日を描く表題作の繊細な心情表現、モハー断崖近くに住む孤独な男女2人の心情と関係を、自然美や迷信を絡めてつづる「クイックン・ツリーの夜」の不思議な明るさ。
原作の持ち味を最大限に引き出しながら読者の心のひだに染みいるような丹精な訳文。今は故人である訳者の本領発揮された作品だと思う。

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