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林浩治「在日朝鮮人作家列伝」04   鄭承博(チョン・スンバク)(その7 最終回)

1970年11月『川柳 阿波路』第65号から連載始めた小説「書堂」で、はじめてこの著者名で小説家として登場した鄭承博。その活躍は……いよいよ最終回です。

鄭承博──差別を跳ね返し淡路島の文化人として生きた歴史の証人(その7)

林浩治

(その6)からのつづき

鄭承博(1923年9月~2001年1月)

7)小説家鄭承博 


 1970年前後、『農民文学』編集長の藤田晋助がたびたび淡路島を訪ね、鄭承博邸に寝泊まりして鄭承博の小説原稿をチェックした。ただし添削は一切やらず、ダメだしの繰り返しだったと言う。

藤田晋助や、農民文学賞の受賞者で後に田村俊子賞を受賞する市ノ瀬綾らと親しく交わった鄭承博は、農民文学会に入会した。

71年『農民文学』6月号に『裸の捕虜』の前段を描いた「追われる日々」が掲載された。続いて11月号に「裸の捕虜」を発表、久保田正文によって『毎日新聞』の「同人雑誌採点」欄で批評された。
さらに翌72年『文学界』2月号に転載され、毎日新聞2月2日の文芸時評で佐伯彰一が評価し、『文学界』3月号の対談時評で丸谷才一開高健が取り上げた。

そして3月、第15回農民文学賞受賞した。
7月、第67回芥川賞候補となり、前回の李恢成に続くかと期待されたが、さすがに2回連続で在日朝鮮人作家受賞とはならず、宮原昭夫と畑山博に授賞された。

1973年2月に『裸の捕虜』は文藝春秋から出版されるが、メジャー出版社からの出版はこれが最初で最後となった。

淡路島にて。若い仲間たちと。中央が鄭承博

この年胃潰瘍で入院手術し死を覚悟した鄭は、執筆に集中するために洲本市大野の高台に別宅を新築し、10月退院後3日目には家族の反対を押し切って一人で移り住んだ。50歳の決断だ。

執筆だけではない。前後するが、同年4月藤田晋助市ノ瀬綾山中康二らと雑誌『だん』を発行する「だん」の会を設立し会員となって随筆などを書いていった。

74年1月には、設立同人として北原文雄、北原洋一郎ら13人文芸淡路同人会を設立し、5月に『文芸淡路』を創刊した。
さらに1976年4月には、淡路文化協会設立会員となり常任理事に就任した。

『だん』33号(1976年1月)に発表された「ゴミ捨て場」が、在日朝鮮人文化人による総合文化誌『季刊三千里』第6号(76年5月)に転載されると在日朝鮮人文化人との交流が始まった。
同誌には「亀裂のあと」(10号 77年5月)、「丸木橋」(18号79年5月)などを発表し座談会にも出席した。

鄭承博は、散文発表の場を『文芸淡路』『だん』『季刊三千里』、淡路文化協会の『あわじ文化』『神戸っこ』『神戸新聞』『MY BOOK』などのマイナー紙誌、地方紙誌に大いに広げた。

1980年5月には、淡路朝鮮文化研究会を設立し、朝鮮語勉強会、映画「朝鮮通信使」上映会、朝鮮文化遺跡の見学旅行などをする。生まれ故郷である朝鮮と定住した淡路島とを連続させて、人間の輪を広げ続けた。

淡路島に居場所を求め、淡路の文化人として生きた鄭承博だった。
1993年3月から『鄭承博著作集』全6巻(新幹社)の発行がはじまる。
97年12月の完結したあとも、執筆、講演と活躍し、家族と多くの友人たちに愛され、2001年1月、脳梗塞のため逝去した。77歳だった。

(了)

『鄭承博著作集 第一巻 裸の捕虜』新幹社刊


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◆参考文献

鄭承博『裸の捕虜』1973年2月 文藝春秋
鄭承博『鄭承博著作集第1巻 裸の捕虜』1993年10月 新幹社
鄭承博『鄭承博著作集第2巻 松葉売り』1994年6月 新幹社
鄭承博『鄭承博著作集第3巻 ある日の海峡』1993年6月 新幹社
鄭承博『鄭承博著作集第4巻 私の出会った人びと』1993年6月 新幹社
鄭承博『鄭承博著作集第5巻 奪われた言葉』1997年12月 新幹社
鄭承博『鄭承博著作集第6巻 ゴミ捨て場』1994年12月 新幹社
鄭承博『水平の人 栗須七郎先生と私』2001年3月 みずかわ出版
鄭承博『人生いろいろありました』2002年2月 新幹社
北原文雄『島からの手紙』2001年2月 松香堂FSS

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◆著者プロフィール

林浩治(はやし・こうじ)
文芸評論家。1956年埼玉県生まれ。元新日本文学会会員。
最新の著書『在日朝鮮人文学 反定立の文学を越えて』(新幹社、2019年11月刊)が、図書新聞などメディアでとりあげられ好評を博す。
ほかに『在日朝鮮人日本語文学論』(1991年、新幹社)、『戦後非日文学論』(1997年、同)、『まにまに』(2001年、新日本文学会出版部)
そのほか、論文多数。
鄭承博とも交友があった。
2011年より続けている「愚銀のブログ」http://kghayashi.cocolog-nifty.com/blog/は宝の蔵!
→「鄭承博(チョン・スンバク)さんの記憶」は圧巻です。 
 (編集部)

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