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齋藤太郎のちろり持参ですVol.3

連載 齋藤太郎の“ちろり持参です”
文・齋藤太郎 写真・児玉大輔

地域をブランディングする
酒蔵復活の物語

株式会社瀬戸酒造店(神奈川県開成町)


 建設コンサルタント企業による酒蔵の再興――。地域創生の核として、38 年ぶりに復活した老舗酒蔵の躍進と、そこからもたらされた地域活性化の大きなうねり。まちに新しい価値を創出する日本酒を味わう。

西には箱根外輪山、北に丹沢の峰々。長閑な田園風景の中、富士東嶺・丹沢山系を源流とする酒匂川が穏やかに流れる。小田原藩の吉田島村、酒田村が合併し、昭和30年になって誕生した開成町は、東日本で最も面積の小さい自治体だそうだ。

画像1直営店(右)が出迎える。蔵の目印にもなっている、三輪オート「トゥクトゥク」の脇を抜けた写真奥が蔵。

 名前の通り、酒造りに適した米がとれた旧酒田村に蔵を構える瀬戸酒店。開成町の観光資源となっている古民家「あしがり郷瀬戸屋敷」に名を残す、この地の大名主であった瀬戸家が1865(慶応元)年に開いた蔵だ。1980年に自家醸造を中断したままになっていたが、2018年、約40年の時を経て、ユニークな経営者を迎えて再始動することになった。


 代表取締役の森隆信氏は実は橋梁設計などを手掛ける構造技術者で、建設コンサルタント会社、株式会社オリエンタルコンサルタンツの社員でもある。


「私自身はもともと構造技術者ですが、当時は新規事業開発のメンバーとして地方創生や官民連携といったテーマでさまざまな案件を抱えていました。その中の一つが神奈川県足柄上郡開成町の酒蔵再生です。酒蔵が復活することによって、地元の酒米がお酒として流通し、農家の収入も増える。さらに地域そのもののブランディングが出来るという形を事業のゴールとイメージしました。そのためには酒蔵が復活するストーリーを大事にしないといけないと考え、三つのブランドを作りました。それが『酒田錦』『あしがり郷』『セトイチ』です」

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『酒田錦』は前経営者から引き継いだ銘柄で、蔵に既に棲み着いていた酵母と地元の水、米を使った酒だ。『あしがり郷』は、町花であるアジサイの花酵母で造るのが特徴。この開成町の雰囲気をコンセプトにした酒で、瓶は緑色、ラベルも周辺の景観をデザインした。

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「『酒田錦』『あしがり郷』の二つは『酒蔵の復活』、もしくは『地域』というテーマで固定しました。ですが、これらは杜氏にしてみれば自由度が無くあまり面白くない。そこで杜氏が今まで経験した酒造りのノウハウを思う存分発揮し、日本酒の新しい世界を拓くというテーマで作った三つ目の銘柄が『セトイチ』です」

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「セトイチ」開発にあたって森さんは、杜氏に対して「まず、ど真ん中のお酒を作りましょう」と伝えた。自由が利く新しい蔵とはいえ、いわゆる〝日本酒っぽくない日本酒〟を造るのではなく、オーソドックスな日本酒を素直に作って、その上で一番適した酒造りの方向性を探す考えだった。

「酒質のセンターがしっかりしていて、形がはっきりした酒造りをしようというのが杜氏と共通で決めたコンセプトです。私たちのセンターとは開成町の水です。水という普遍のものをセンターに、それを8方向9方向の味わいへと円のように展開したかった。香りがあるタイプ、淡麗辛口タイプ、しっかりした味わいのタイプなど、この水に合う究極の酒造りはどんな酒造りなのかという実験でもあり、チャレンジでもあります」

確固たる軸と柔軟な挑戦は、森さんの予想以上に早く花開く。自家醸造再開初年度に仕込んだお酒を、腕試しにと、2019年にイギリスのIWC(インターナショナル・ワイン・チャレンジ)とフランスのKura Master に3銘柄ずつ出品したところ、IWCで1銘柄、Kura Master でも2銘柄、特にKura Master では1銘柄がトップ14に選ばれたのである。

「フランスでの授賞式では錚々たる顔ぶれの蔵元さんに囲まれ、1週間私たちの蔵の話題で持ちきりでした。何せ、『去年造りはじめたばかり』『杜氏はハローワークで見つけた』『社長は橋梁の設計者だった』ですから(笑)。彼らが私たちの酒を褒めてくださったので、これはいける、戦えると思いました」。


翌2020年には全14銘柄を出品し、13銘柄が受賞。この結果も追い風になり、蔵は一丸となって良いものを作ろうという機運に満ちていると森さんは言う。


「去年よりも今年、今年よりも来年、もっと良いものを作ってゆこうと修正を常に行っています。これはビジネスの世界では当たり前で、それが出来るかどうかが長年の差として出てくるはず――その修正の積み重ねが伝統になるのかもしれませんね」

地方創生の新たなアプローチとして

 酒蔵のM&Aについては最近多少見られるが、瀬戸酒造店のケースのように地方創生を目的としたM&Aは珍しい。

「実は、蔵の土地は今も前経営者が保有し、上屋のみ瀬戸酒造店の固定資産として減価償却しております。先方としては、事業が成功すればこの土地を中心に周辺の地価が上がりますし、もし失敗しても土地は戻ります。一方でオリエンタルコンサルタンツはリスクヘッジが出来ない事業として背水の陣でスタートしたわけです。一般的なM&Aのように、いざとなったら売却して損切りということが出来ないのです」


 森さんとしては、成功するしかないというプレッシャーの中で結果を出しているわけだ。


「そもそも私、下戸なんですよ。本社内の企画会議で『酒蔵を復活させる』と言うと同僚に笑われました。それでも定例の会議の中で出し続けること
20回。毎回指摘された課題に答えを持って行き続けるうちに、自分の中でも事業計画がブラッシュアップされ、事業スタートが実現しました。そして醸造初年度で海外の賞を受けたことで、親会社や地域からの目線も大きく変わったと思います」


 現在、瀬戸酒造店の敷地内の庭では、オリエンタルコンサルタンツの環境部がグリーンインフラのテーマでホタルを育て、地方創生においてもシナジーが生まれつつある。地域の人々も、当初は瀬戸酒造店の復活を遠巻きに見ていたが、受賞を自分ごととして喜んでくれるようになった。


「かつて自分がコンサルタントとして地方創生だと描いていたものがいかに薄かったかを思い知りました。今の町の状況は、もう町全体が生き物のように大きく動いていくような感じです。地方創生はリスクが大きい事業です。個人が資産を投じて移住して、事業を興しても、よそ者扱いされる可能性もあります。その点、オリエンタルコンサルタンツの社員である私は多少のリスクはあるにせよ、個人としてのリスクは小さい。地方創生の新しい在り方として私たちがやっていることは意味があるのではないでしょうか」

画像5瀬戸酒造店の酒。「月が綺麗ですね」「かくかくしかじか」「ぴいひゃ
ら」などユニークな商品名は、「その酒を飲みたいシーンを表現したもの」
とのこと。

ライバルは、「スマホ」と「Youtube」!?

 森さんは、今、見事に芽吹いた地方創生の芽をさらに大きく育て、次世代や、その先へと繋いでいくことを見つめている。


「持続可能にしてゆくためには、私や杜氏も含めて企業マインドをどう継承していくかがカギだと思います。瀬戸酒造店のマインドさえ継承されていれば、次の杜氏や次の経営者が、お客さまに納得していただける新しい『セトイチ』を作ってくれるでしょう。初代の作ったものを超えていく、というのが本来の伝統の在り方で、他の酒蔵がずっとやって来たことだと思います」
 

 新星として酒造業に参入した森さんには、日本酒業界の未来はどう映っているのか。

「ライバルはスマホゲームやYoutube ―― 日本酒の世界を拓くために、若い世代にファン層を広げる役目を担うのが私たちの使命です。日本酒の根底は酒を飲む楽しさだと思います。しかし、コロナ禍もあって、より安全で楽しいコンテンツが世に溢れている中で、酒を楽しむことの魅力の価値が問われているのだと思います」


 森さんは、ファンとのコミュニケーションに日本酒の可能性を模索している。その一つが2020年11月に行われた落語公演「酔狂落語」だ。


「当蔵のキャッチコピーは『酔狂で行こう』なのですが、これに掛けて、当蔵の銘柄三つを題材にした現代落語に声優やタレントが挑戦し、それをライブ配信したのです。若い世代からの反響は想像以上でした。若年層にファンを広げていきたいというのはどこの酒蔵も考えていることだと思います。しかし多くの蔵はそこに手を広げる余裕がありません。なぜなら、日本酒業界のメイン客層は飲食店でうんちくを語りながら飲む40〜50代の中年男性であり、その方々に大量消費をしてもらって支えられている経済構造だからです。その下の層まで日本酒を行き渡らせるための〝橋〟を架けるのが、私たちの役目だと思います」


「テーマは王道だが、新しい取り組みによってまったく違う価値を生み出す」。森氏のもとで生まれ変わった瀬戸酒造店にはそんなマインドが根付きつつある。最近では、同じ開成町に研究所を構え、瀬戸酒造店と似た企業マインドを持っている富士フイルムとの共同開発もスタートさせた。日本酒の
世界はまだ無限の可能性を秘めている。そう遠くない未来に瀬戸酒造店がそれを証明してくれそうな予感がしてならない。

画像6「トゥクトゥク」は蔵見学などの送迎にも使われている。

画像7検品中の森さん。蔵も新築、設備もピカピカ。蔵内が明るいのも印象的だ。

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画像9瀬戸酒造店では随時、蔵見学を開催している。この日も家族連れの見学者が訪れていた。

画像10敷地内にある、かつての住居の建物を生かし、見学の方々に角打を楽しむ場
として提供している。昔ながらの日本庭園では、蛍の育成も試みられている
そうだ。

画像11蔵元の森さんの背後には数々の受賞盾が並ぶ。

画像12直販店内観。


(SETO SHUZO Co.,Ltd)
創  業:1865(慶応元)年
代 表 者:森 隆信氏
住  所:〒258-0028
      神奈川県足柄上郡開成町金井島17
T E L:0465-82-0055
F A X:0465-82-9685
U R L:https://setosyuzo.ashigarigo.com
取扱商品:酒田錦、あしがり郷、セトイチ etc…

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