イマジナリー・(ガール)フレンド

 真実はしんじつ、と書いてマミと読む。真実はわたしが望めばいつだってやってきてくれる。すこし、めんどくさそうに。すこし、息を切らして。
 眠れないから会いにきて。
 わたしのそんなわがままを叶えるために、真実は今日もわたしのもとに訪れた。ミルクと蜂蜜を入れたカモミールティーを淹れる真実の背中を空中で蹴れば、その反動でソファに倒れこんでしまう。
「ねえ、真実」
「なあに」
「真実はどうしてわたしのわがままを聞いてくれるの」
 わたしがよく言われる言葉。わがまま、自己中、自分勝手。最初はわたしのわがままをかわいいね、ゆみちゃんはしょうがないね、と聞いてくれていた子たちも気づいたらいなくなっていた。でも真美は、わたしのわがままを叶えた回数が両手両足で数えきれないほどになっても、半年経っても一年経っても、わたしの前から消えない。
「べつに、由美子がわがままなことなんていまに始まったことじゃないしね」
「わたしわがままなのかなあ」
「わがままではあると思う」
 真実はしんじつ、と書いてマミだから、真実の言うことはなんでもほんとうのことのように思える。
 ちいさく音を立ててローテーブルに置かれたマグを見ると、ミルクティー色のつややかな液体が入っていた。
「真実の分は?」
「由美子のをもらう」
「わたしはわがままかもしれないけど、真実は図々しい」
「わたしの淹れた紅茶なのに?」
「じゃあ、ケチ」
 カモミールティーを冷ましながら彼女に向き合うと、どうせひとりじゃ一杯飲みきれないでしょ、とまたほんとうのことを言いあてられる。どうして真美はわたしのことをなんでも知っているんだろう。
「そんなこと、由美子が一番知っているくせに」
 まるで心の中を読んだように、真実はわたしの思っていたことにぴったりと当てはまる答えをくれる。
 真実の、物語を綴るインクのように真っ黒な瞳。わたしの焦茶色の目を通して、真実の真っ黒な瞳がわたしの脳に映像を映る。真実の瞳はほんとうに黒いから、見るたびに吸い込まれそうですこし怖い。しんじつの瞳だ、と思う。
「真実ってわたしの中にいるみたいだね」
「いつでも引き出せて都合がいいってこと?」
「卑屈だなあ」
 笑うと、真実は作ったような笑顔を浮かべて口を開いた。
「うん、でも、わたしは由美子の中にいるよ」
「だから考えていることも読まれちゃうのかな」
「ううん、それは由美子がわかりやすいから」
 えー。
 吐きだした息が、ひとりの部屋にこだまする。
 真実、わたしのかわいい真実。わたしのわがままを叶えつづけてくれる唯一の真実。真美はわたしの中に住んでいる。わたしの中のわたしのためだけの真実。真実はわたしが望めばいつだってやってきてくれる。すこし、めんどくさそうに。すこし、息を切らして。
 真実がわたしを大切にするのはわたしがそう望んで作りあげたから。
 紅茶はすっかり冷めてしまっていた。ひとりじゃ飲み干せないから、三分の一だけ口をつけてあとはシンクに捨てた。

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