瞼の裏

 二千ピースのジグソーパズルを買って、藤中はうちにやってきた。なに、それ。ジグソーパズル。短い会話を交わしたかと思うと、藤中は箱の中身を床にひっくり返して、パズルを始めようとする。
「え、うちでやるの」
「俺の部屋汚ねえもん」
 いや、片付けろよ。
 そう言い放てばよかったのだけれど、毛布に包まった体は暖かくて、すぐそこまで眠気が来ていた。俺は微睡に身を委ねながら、そっか、とだけ藤中の横顔に呟いた。
 藤中はどうやら外枠を先に作るらしく……それがパズルの定石なのか、奴の思いつきなのか俺は知らない……、平らな面のあるピースをより分けていく。ピースの色は青に近い紺色で、所々ピンクや紫もある。
「それ、なんの絵になるの」
 藤中は無言で完成図の描かれた箱を投げてよこす。そこには、深海を走る列車の絵があった。海なのにピンク色や紫色が差し色にあるのが不思議で、ただそれらはよく馴染んでいて、俺は感動する。深海を走る列車、という少々ファンタジーな場面も、配色の妙のおかげでリアリティのある絵に仕上がっている。
「なんでこの絵にしたの」
「難しそうだったから」
「綺麗だからとかじゃなくて?」
「そんなの、どうでもいいじゃん。綺麗な絵を見たかったら美術館に行くよ」
 それもそうか。納得して、俺はもう瞼すら閉じてしまう。そうすると、藤中がピースを探す波のような音や、ピースをはめ込むパチパチとした音が心地よかった。
 俺は藤中の部屋には行ったことがない。藤中はやけに俺の家に来るけど。実家から仕送りで野菜がたっぷりときて腐らせそうだとか、終電を逃しただとか、散歩のついでに立ち寄ったとか、腹が減ったからとか。うちは便利屋でもホテルでも休憩所でもレストランでもない。けれどそれでも藤中はやって来る。藤中は、玉ねぎとじゃがいもを袋いっぱい持って、コンビニで酒を買って、ジグソーパズルを持って、やって来る。俺も俺でそれをなんだか許している。
 俺と藤中のピースは多分うまくはまっているのだ、と思う。自分のテリトリーには人を入れないくせに人のテリトリーには入りたがる藤中と、人のテリトリーに関与するのは面倒だけれど一人でいたいわけでもない俺で。
「なあ、それ何時間かかるの」
 目を瞑ったまま藤中の横顔へ問いかける。
「二十四時間」
 あほかよ。俺は意識を手放した。

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