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こんなクエリは嫌だ!~クエリの書き方を考えよう~

こんにちは。レビューアーの佐藤です。今回は、翻訳時に出てきた不明点や疑問をどう質問するか?について書きたいと思います。業界的には、こうした質問のことをよくクエリ(query)と言います。クエリは良い翻訳をするために欠かせないプロセスですが、いろいろ難しい点があります。

クエリの種類

翻訳作業のなかで生じるクエリは、次の2つに大きく分けられます。

(A)翻訳プロセスに関するクエリ(指示書、ツール、料金、ワード数などに関する問い合わせ)
(B)翻訳そのものに関するクエリ(原文の内容や、訳語・表現選びについての問い合わせ)

(A)は翻訳の進め方全体に関わる質問で、翻訳期間の最初のうちに解決する必要があります。(B)は個別の翻訳表現に関わる質問で、翻訳を進めながら随時クライアントに質問することも、納品時にまとめて質問することもあります。今回は(B)のクエリについて考えてみます。

何をどこまで質問する?

疑問点をあいまいにせず、わからないことはすべて質問し、回答を得て翻訳に反映させるのが翻訳者の責任です……と言いたいところですが、現実はそうもいきません。

翻訳者が対象分野の専門家で、書かれている内容をすべて完璧に理解できる、というケースはまずありません。仮に自分の詳しい分野だったとしても、技術翻訳では新しい概念やテクノロジーを紹介する文章を翻訳する場合が多いため、結局は、よく知らない話を訳すことになります。そのため、「この理解で合っているかな?」「この訳し方で合っているかな?」と不安に思った点をすべて質問していたのでは、それだけで日が暮れてしまいます。

クエリを列挙したファイルを「クエリシート」(query sheet)と呼びます。長大なクエリシートは、作成する方も手間ですが、その内容を見て回答するクライアントにも大きな負担をかけます。何から何まで質問したのでは、「翻訳を頼む意味がないよ!」とクライアントに思われる可能性もあります。そこで、何をどこまで質問するかの見極めが必要になってきます。

原文エラーは積極的に指摘しよう

必ず提出したいのは、原文エラーの可能性を指摘するクエリです。原文の執筆者も人間なので、間違うことはあります。数字が食い違っている場合や、まったく同じ内容が無駄に繰り返されている場合、ロジックが破綻しているように思われる場合などは、クエリで指摘すると、クライアントに喜ばれます。与えられた原文を機械的に処理するのではなく、しっかり内容を読み込んでいる翻訳者、という印象を与えることもできます。

かと言って、明らかなタイプミスをいちいちあげつらう必要はありません。仮に原文で"experience"とすべきところが"exprience"になっていたとしても、ここが間違いでした!と指摘するのは労力の無駄遣いです。クエリを書いている方は満足感があるかもしれませんが、そのクエリを見る方は「それが何か?ひっそり直してくれればいいのに」と思うだけです。(もちろん、スペルミスかどうか不安なときに確認するのは問題ありませんよ!)

内容を理解できないときは……

困るのは、原文の意味を解釈しきれないときです。単に「意味がわかりませんでした」というクエリを書くのは翻訳者として恥ずかしい行為ですが、どんなに調べても限界なときはあります。そういうときは、理解できない原因を考え、それに応じた対処をします。

明らかに情報が足りなくて内容を理解できない場合は、不足している情報を問い合わせるクエリを提出しましょう。これはたとえば、ソフトウェアのユーザーインターフェイスの翻訳をしていて、"the last X"のような文字列にぶつかったときです。この原文だけでは、「最後のX」とすべきなのか、「前のX」とすべきなのか判断できません。何の根拠もなくどちらか一方に決めつけて、なおかつ質問もしないのは、責任ある翻訳者の態度ではありません。

原文の構造が複雑すぎて意味がつかめない場合は、そのことを正直に質問してしまうのも1つの方法です。時間に余裕のあるプロジェクトであれば、このような質問を投げることで、かみ砕いた説明がクライアントから提供される場合もあります。

それ以外の場合は、自信がないなりにどうにか解釈して訳文を作り、「ここまでの文脈を考慮して(こういう根拠にもとづいて)訳したが、自信がないので確認をお願いしたい」と申し送りをする手もあります。単に「わかりません」とするのではなく、考えたプロセスを示すのがポイントです。ただし、このようなクエリが有効なのは、クライアント(もしくは中間の翻訳ベンダー)側に日本語と英語が読めて、技術的な内容も知っているレビューアーがいる場合のみです。

判断のラインは「自分の責任を全うしたと思えるか」

どの話でもそうですが、これが絶対!という基準はありません。何をどこまで質問するかは、翻訳者の技量や、クライアントの要望、プロジェクトの条件によって異なってきます。積極的なクエリを歓迎するクライアントもいれば、必要最小限のクエリしか受け付けないクライアントもいます。そのときどきの状況に合わせて判断するしかないのですが、私が翻訳者としてクエリシートを書くときには、「いろいろ調べたけれども、これ以上はわからなかった。正解に到達できなかったのは残念だが、自分の責任は全うした」と思えるかどうかを判断の基準にしています。

専門家ではないので、内容をすべて理解するのは不可能です。それでも、手を尽くして「ここまでは理解した」という実感を持ったうえで、残った疑問をクエリシートに書くようにすれば、なんでもかんでも質問してくる無責任な翻訳者というイメージを持たれることは回避できるはずです。

本当にあった残念なクエリ

最後に、私が過去に見たことのある、翻訳者からの残念なクエリの例をいくつかご紹介しましょう。丸カッコ内は、そのクエリを見たときの私の心境です。

・「原文の構造がつかめなかったので意訳しました。」
(原文の構造がわからない=意味がわかっていない、という状況なのに、「意訳」ができるわけないよね……?)

・「Propertyは『プロパティ』としました。ご確認ください。」
(単語だけ抜き出されてもなあ……。せめて文単位で抜き出してくれないと文脈がわからないし、TMを検索すれば大部分が「プロパティ」と訳されていることは確認できるよね?なんで質問するの?アリバイづくり?)

・「〇〇がわかりませんでした」
(せめて「何を調べたけどわからなかった」としてほしいな……)

このようなクエリの書き方をすると、翻訳者としての評判を落とす可能性があることはわかりますよね?たかがクエリ、されどクエリです。せっかくならば、信頼を勝ち取るようなクエリの書き方をしたいものです。


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