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【翻訳のヒント】「食べれば同じ」理論のすすめ

こんにちは。レビューアーの佐藤です。いつも教科書的でない翻訳のヒントを書くよう心がけていますが、今回はまた新たな発想方法として、「食べれば同じ」理論を紹介したいと思います。

技術的な正確性や行儀のよさが重視される案件にはお勧めしませんが、マーケティング系の読みやすさが求められる案件なら、ときにはこんな方法もありです。

「食べれば同じ」理論とは

手間を省いた簡単料理で有名な、料理愛好家の平野レミさんをご存じでしょうか。彼女が考案するレシピでよくあるのが、「食べれば○○」パターンです。一番有名なのは「ごっくんコロッケ」でしょうか。つぶしたじゃがいもを丸め、衣をつけ、油で揚げるという工程を大胆に省き、「食べたときの味がコロッケになればいい」という発想で考案された時短レシピです。この平野式の発想を翻訳にも活かしてみようというのが、「食べれば同じ」理論です。

これは私が勝手に言い始めた理論なので、簡単に定義しておきます。

「食べれば同じ」理論とは
原文に書かれている要素をすべて原文の形どおりに組み立てるのではなく、各要素をときにはぐちゃっと混ぜたりくっつけたりして、最終的に大体同じ内容を言っている訳文に仕立てること。

ここで重要なのは、「大体同じ内容」を表現するという点です。「細かく分析すれば違うんだけど、全体で見ればまあ同じ」というギリギリのラインを攻めるわけです。

なぜ「食べれば同じ」理論が必要か?

そんな冒険をしなくても、大人しく原文に書かれたとおりに翻訳すればいいのでは、と思いましたか? 基本的にはそのとおりです。翻訳者の仕事は原文に書かれている内容をできる限りそのまま伝達することなので、本来なら、「食べれば同じ」という開き直りをするのはアウトです。

ただ、原文に書かれている内容をそのまま書くと訳文がモタモタしてしまい、原文の魅力が損なわれたり、原文の意図がわかりにくくなったりすることがあります。そんなときに奥の手として使えるのが、「食べれば同じ」理論です。

実践

説明だけではイメージがわかないと思うので、具体的な例を見てみましょう。

【原文】
The executive engagement was a critical element in aligning on core values and having access to the decision maker that we historically had not had .

【訳例1】
経営幹部とのつながりは、コアバリューをすり合わせ、これまでできていなかった意思決定者への接触を実現するために不可欠な要素だった。

【原文】を読んだうえで【訳例1】を見ると、特に問題はなさそうに見えます。構文の解釈は正確ですし、要素もすべて入っています。ただ、【訳例1】だけを読んでみると、「これまでできていなかった」の部分に不自然さを感じないでしょうか?

「これまでできていなかった」は、【原文】の最後の"that we historically had not had"にあたる部分で、これを正直に訳したら【訳例1】のようになるのは当然です。しかし、【原文】をよく読んでみると、この部分はそれほど重要ではなく、「意思決定者への接触」(having access to the decision maker)がどれだけ困難だったかを強調しているだけだとわかります。

英語は後から情報を足していく言語なので修飾句や修飾節が最後に登場しますが、読んでいてときどき、「これ、書いた人が勢いで付けちゃっただけで、別に大して意味ないでしょ?」と感じることがあります。今回の【原文】の"that we historically had not had"も、それに近いものと考えられます。それほど重要度が高くない修飾句を、【訳例1】のような不自然さを飲み込んでまで、原文どおりの形で訳す必要があるでしょうか?

そうは言っても、問題のthat節をすべてカットしてしまうのは乱暴です。そこで、that節で表現されている「これまで努力してきたが果たせなかった」「これまで越えられなかった壁」という意味だけを拾い、少し違う形にして訳文に馴染ませてみたのが次の訳例です。

【訳例2】
経営幹部とのつながりは、コアバリューをすり合わせ、意思決定者への接触という大きなハードルを越えるために不可欠な要素だった。

厳密に言えば、【訳例2】では"historically"を訳出していないので、「これまでずっと苦労してきた」というニュアンスは弱まっています。しかし、【訳例2】全体を口に入れて味わってみると、【原文1】よりも舌触りがなめらかで、かつ、【原文】とほとんど同じ味がするのではないでしょうか? これが、「食べれば同じ」理論です。

あくまでも奥の手として

最初の定義でも書きましたが、「食べれば同じ」理論のミソは、原文の要素を緻密に訳出しようとするのではなく、原文のメッセージをざっくりとらえ、要素のエッセンスを活かして、原文と大体同じ内容を作り上げることです。したがって、精密さが求められる案件には向きません。この手法が使えるのは、原文のメッセージを読みやすい日本語で効果的に伝えることが重要な案件のみです。

マーケティング案件でも、この理論を多用することは避けてください。このやり方に染まりすぎると、原文の意味を正確に表現しようとする姿勢がなくなり、雑に自分の書きたいように訳文を作る癖がついてしまうからです。あくまでも基本は、原文の構造と単語を尊重することです。それでもどうしても綺麗な形にならないときに、奥の手として「食べれば同じ」理論を使ってみましょう。

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