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【翻訳のヒント】丸カッコの取り扱い

こんにちは。レビューアーの佐藤です。今回はちょっと視点を変えて、原文に含まれるカッコを訳文でどう取り扱うべきかを考えてみたいと思います。今回注目するのは丸カッコ、つまり( )です。

そもそも丸カッコとは何か

デジタル大辞泉では、次のように定義されています。

丸括弧
(読み)マルガッコ
文章表記中などで用いる( )の記号。補足説明や省略可能などを表すのに用いる。パーレン。{ }を中括弧、[ ]を大括弧というのに対して、小括弧ともいう。→括弧
https://kotobank.jp/word/%E4%B8%B8%E6%8B%AC%E5%BC%A7-636089

ロングマン現代英英辞典では、かっこ全般(bracket)を次のように定義しています。

bracket
noun [countable]
1 (also round bracket) [usually plural] British English one of the pair of signs ( ) put around words to show extra information
https://www.ldoceonline.com/jp/dictionary/bracket

英日どちらでも、「補足情報を差し込むときに使われるもの」という認識です。用途は同じなので、翻訳するときに何か問題になることはなさそうです。しかし実は、英語と日本語の言語的な構造の違いから、ときどき処理に困る場合があります。

機械的に処理するのはNG

技術翻訳の場合、「原文に書かれていることをそのまま訳せばいい」という意識が強いせいか、原文にある丸カッコをそのまま正直に(悪く言えば機械的に)、原文どおりの場所に置いて訳そうとする人をときどき見かけます。

具体的な例を見てみましょう。開発系書籍の案件で、翻訳者から提出された訳文です。

【原文】
Figure 2 shows my Rails CookingSpace.com project (and a few other projects that are collapsed from view while I work on CookingSpace.com).
【一次翻訳】
図2は、私のRailsプロジェクト、CookingSpace.com(および、CookingSpace.comで作業している間は折りたたまれている、その他のプロジェクト)です。

原文の形に忠実に訳されていますが、翻訳として見た場合には、違和感が満載です。ブツ切れの印象がありますし、意味するところもよくわかりません。実際、私はこの訳文を一読して意味がわからなかったので、原文を読み直しました。そして、参照先の図を見たうえで、次のように修正しました。

【レビュー後の翻訳】
図2には、私のRailsプロジェクトであるCookingSpace.comが表示されています(他のプロジェクトもいくつか含まれていますが、私がCookingSpace.comで作業している間、これらのプロジェクトは折り畳み表示になります)。

【一次翻訳】の問題点は、訳文のなかで、"my Rails CookingSpace.com project"の直後に丸カッコの内容を配置しようとしたことです。原文の構造を尊重するのが悪いとは言いませんが、そのせいで原文の意味を的確に伝えられないのであれば、やはり悪手です。

原文中の丸カッコの位置に機械的に従うのでなく、原文全体の意味を理解したうえで、丸カッコの内容を訳文中のどこに置くべきかをそのつど検討する必要があります。

(なお、この【一次翻訳】に関しては、"I work"の"I"を訳出していないことが、わかりにくさの一因になっています。先日の記事「【翻訳のヒント】原文の情報を無意識にカットしていないかに注意」も参照してください。)

場合によっては、丸カッコをなくすのもアリ

そもそも、原文中の丸カッコを訳文に残す必要がない場合もあります。英語と日本語では言語の構造が異なるため、英語では丸カッコを使わざるを得ない状況でも、日本語ではその必要がないことがあるのです。

これも例を見てみましょう。別の開発系書籍からの抜粋です。

【原文】
Using that, you can follow this demonstration showing how to move an image (by drag and drop) from PictureBox1 to PictureBox2.
【一次翻訳】
これを使用して、PictureBox1からPictureBox2に画像を移動(ドラッグ&ドロップで)する方法のデモに従います。

【一次翻訳】では、原文そのままの形で丸カッコを処理していますが、この訳文には多くの人が違和感を覚えると思います。客観的に見れば明白なのに、自分で訳しているときは気付かない、というのが翻訳の怖さです……。

この違和感を解消するのは簡単です。丸カッコをなくせばいいのです。

【レビュー後の翻訳】
これを使用して、画像をPictureBox1からPictureBox2にドラッグ&ドロップで移動するデモを試してみます。

原文中に丸カッコがあるからと言って、それを必ず温存しなければいけない決まりはありません。丸カッコを残さない方が自然な日本語になるならば、その方法を選択すべきです。

レビューアーから「丸カッコがないじゃないか!」というツッコミを受けるのが怖い、と考える翻訳者もいるかもしれませんが、そんなことを気にする必要はありません。そんなつまらない指摘をするレビューアーはまずいませんし、仮にいたとしても、それはレビューアーの方に問題があると考えましょう。

節度を持って、効果的に使おう

ここでは取り上げませんでしたが、逆に、原文にない丸カッコを訳文で加える場合もあり得ます。丸カッコを使うのが悪いわけではありません。まずは、「原文にあるから」という理由でそのまま訳文に引き写す癖をなくしましょう。原文の意図を考え、一番効果的な方法で訳文に取り入れることが必要です。


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