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【翻訳のヒント】原文からどこまで離れていい?

こんにちは。レビューアーの佐藤です。トップスタジオでは、内容の正確性とともに、読みやすさを大切にした翻訳を心がけています。多くのお客様が希望される、「一から日本語で書かれたような翻訳」に仕上げるために、ときには原文の形から逸脱し、追加や削除、書き換えを行う場合もあります。もちろん、あることないことを捏造するわけではありません。原文の流れに沿って、行間に書かれていることを意識しながら、最適な訳文にまとめます。ここで難しいのが、「原文からどこまで離れていいのか?」という問題です。直訳ではなく、捏造でもないバランスはどこでしょうか?今回は、この点について考えていきます。

原文どおりに翻訳できない!主な2つの理由

原文から離れた訳し方をせざるをえない理由は、主に次の2つです。

(1)英語と日本語の言語的な構造の違い
(2)原文が説明過剰/説明不足

(1)はもちろん、翻訳者なら避けられない課題です。構造が異なる言語間で意味を引きうつすのですから、原文の形を維持できないのは当然です。翻訳者の当たり前の責務として、原文の形にとらわれない翻訳をする必要があります。

少々厄介なのが、(2)の理由です。翻訳者の基本的な姿勢は「原文を尊重する」ことであり、マーケティング翻訳でも、原文を大切にして訳文を作ることは変わりません。ただ、原文を書いているのも結局は人間であり、人間であるからには、ライティング能力にばらつきが出てきます。わかりやすく筋の通ったロジックを展開するライターもいれば、話があちこちに飛んだり、言葉足らずだったり、逆に言葉が多すぎたりするライターもいます。マーケティング翻訳の場合、このイマイチな原文をそのまま訳したのでは、形になりません。原文の責任なんだから、翻訳でそこまでフォローする必要はないのでは?と考えるかもしれませんが、クライアントの要望が「そのまま日本でのマーケティングに使えるような翻訳」である場合には、原文の稚拙さをある程度フォローするのも、翻訳の仕事のうちであると私たちは考えます(ただその分、翻訳料金は通常より高めになります)。

(1)にしても(2)にしても、原文から離れた訳し方をするときには、内容をきちんと理解していることが大前提になります。原文が伝えようとしていることを把握したうえで、日本語らしい語順と表現を使い、原文の不備を補う訳文を作ります。

では、具体的な例を見てみましょう。

例1

最初はシンプルな、表現の書き換えの例です。2通りの訳文を用意したので、違いを感じてみてください。

【原文】
If you want to transform your relationships with your customers, data is crucial.
【翻訳1】
顧客との関係を変革する場合、データは欠かせません。
【翻訳2】
顧客との関係を変革しようとするなら、データは欠かせません。 

【翻訳1】は、原文にとても忠実な訳です。"want"を「したい」と訳さないのは業界の一部にある慣例なので、普通ならこれで合格点です。ただ欲を言えば、"want"のポジティブな、未来に向けたエネルギーを表現したいところです。そう考えて作ったのが【翻訳2】です。一見すると、原文中の単語から少し離れた表現になりましたが、言いたいことは効果的に伝わっているはずです。「If=場合」というセオリーにとらわれず、「~なら」という表現を採用したのもポイントです。このレベルの書き換えは、積極的に試しても問題にはならないでしょう。

例2

次は、原文をそのまま訳すと少々おちつかない場合の例です。これはマーケティング翻訳ではなく、開発者向けドキュメントからの抜粋ですが、合格点の訳文と、読みやすさを追求した訳文の2パターンを作ってみました。

【原文】
Individual developers can have their own dev orgs (preferred), or share (discouraged, but used)
【翻訳1】
開発者は、自分専用の開発組織を使うか(推奨)、開発組織を共有できる(非推奨だが、使用可)。
【翻訳2】
開発者ごとに個別の開発組織を使うことが望ましい(開発組織の共有も可能だが、推奨しない)

原文は比較的シンプルなのですが、言語的な構造の違いのせいで、そのまま翻訳するとぎこちなさが出てきます。【翻訳1】は、問題が比較的小さくなるよう工夫したもので、通常はこれで合格点です。原文にはない2つ目の「開発組織を」を足していますが、これは誤解を避けるために必要な加筆です。

【翻訳2】は、かなり踏み込んで解体・再構築した訳文です。「それってつまりどういう意味?」の視点に立ち、文脈と事実関係を踏まえて、この形にまとめました。原文の形からかなり離れているので、通常の技術翻訳でここまで攻めるのはおすすめできません。実際、この訳文に至るまでにはそれなりの調査が必要で、時間も結構かかったので、特別な要件がある場合でなければ、ここまでしなくてよいでしょう。

例3

次は、原文が少々言葉足らずの場合の例です。これもマーケティング翻訳ではなく、画像処理ソリューションの説明からの抜粋ですが、原文の意味をわかりやすく伝えることを念頭に置いて、3パターンの訳文を作ってみました。

【原文】
Color is often the most distinguishing feature of desired regions in an image.
【翻訳1】
色は、多くの場合、イメージ内の必要な領域を示す最も際立った特徴です。
【翻訳2】
色は、イメージ内の必要な領域を見分ける際に最も有用な特徴です。
【翻訳3】
イメージ内の特定領域を区別する最も手軽な方法は、色に注目することです。

【翻訳1】→【翻訳3】の順で、原文から離れる度合いが高くなっています。【翻訳1】は原文に忠実な訳ですが、一見して意味がよくわかりません(主に原文の説明が不親切なせい)。【翻訳2】は、前後の文脈を踏まえて、"the most distinguishing feature"の部分を解体・再構築した訳になっています。だいぶ意味がわかりやすくなりました。ここまでやれば、通常は合格点です。

【翻訳3】は、【翻訳2】の「最も有用な特徴」という表現がいかにも翻訳調と感じたことから、事実関係を調べたうえで、もう一歩踏み込んで書き換えたものです("often"は必要性が薄いので、あえて省略)。原文の言いたいことはこれなのですが、原文の形からだいぶ離れているため、ここまでやるのは勇気がいります。ただ、トランスクリエーションが期待されるマーケティング翻訳なら、このぐらいは許容範囲と言えます。

どこまでやるかは案件次第

原文から離れた訳し方がどこまで許容されるのか、いくつか具体的な例を挙げて説明しました。通常ならここまでやればOK、マーケティング翻訳なら少々思い切った書き換えもアリ、というイメージがなんとなく伝われば幸いです。もちろん、どこまでの書き換えをすべきかは案件次第です。クライアントがどのレベルを求めているか、そのためにどのくらいの翻訳費が設定されているかを考えあわせて、最適な落としどころを見つけましょう。

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