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【翻訳のヒント】言葉の運用力を鍛える

こんにちは。レビューアーの佐藤です。まさかのコロナ禍が収まらないまま2回目の新年を迎えることになってしまいました。昨年、お客様や翻訳者の方々と直接お話をする機会も少ないなか、せめてものコミュニケーション手段にと思ってnoteを始めましたが、おかげさまで毎月記事を公開し、たくさんの方にお読みいただくことができて嬉しく思っています。本年もよろしくお願いいたします。

さて、2022年最初の記事は、「言葉の運用力」についてです。以前の記事「【翻訳のヒント】語彙や表現の引き出しを増やすには」で、言葉の運用力を高めようというお話をしましたが、運用力は文字通り「パワー」なので、鍛えることができます。そのための実践的なヒントをご紹介します。

形容詞や副詞の「持ち球」を増やす

私は最近もっぱらマーケティング文書の翻訳レビューを担当していますが、こうした資料は製品の特長やメリットをアピールするものなので、ポジティブな意味の形容詞や副詞がたくさん出てきます。たとえば、simple、easy、faster、earlier、best……といった具合です。原文のライターもいろいろ表現を工夫してはいるのですが、同じ単語が何度も出てくるのは避けられません。それに毎回同じ訳を当てるのは簡単ですが、少々退屈です。

そこでお勧めするのが、1つの英単語に対して、いろいろな日本語表現をあらかじめストックしておくことです。たとえば、こんな感じです。

・simple=シンプル、単純、簡潔、簡単、簡素
・easy=簡単、容易、たやすく、手軽に
・faster=スピーディ、早い、すばやく、迅速、スピードアップ、ペースアップ、期間を短縮、効率化、ただちに、すぐに
・earlier=早い段階で、早いうちに、早期に、いち早く、短期間で
・best=最高、最適、ベストな、一番、トップの
・difficult=難しい、困難、苦労、厄介、大変

どれも頻繁に出てくる単語なので、訳し方のバリエーションはいくつあっても困りません。脳内に貯めておいてもいいですし、ネタ帳などに書き込んでおき、折に触れて見直すのもいいでしょう。

漢語←→和語の言い換えに慣れる

簡単なわりに効果的なのが、漢語と和語をセットで頭に入れ、いつでも相互変換できるようにすることです。漢字が続いて堅苦しいときや、ひらがなが続いて読みにくいとき、リズムを変えたいときなどに、さっと解決策を導きだすことができます。たとえば、こんな感じです。

困難←→難しい
早期←→早め
遅延←→遅れ
迅速←→すばやく
使用する←→使う
追加する←→足す
除外する←→外す
謝罪する←→謝る
分割する←→分ける
質問する←→尋ねる
決定する←→決める
明確化する←→明らかにする

機械的に翻訳していると、「追加する項目を決定する規則を使用する」のような訳文を書いてしまいがちですが、漢語←→和語の変換回路ができていれば、「追加する項目を決める規則を使う」のような書き方ができます。

(ごくまれに、「使用する」と「使う」を併用すると「表記ゆれだ!」と指摘する人がいますが、そういう人とは付き合わない方がよろしいというのが私の持論です……)

体を動かしてみる

いい訳語が出てこないときに私がよくやるのが、体を動かしてみることです。特に、"go into"、"come across"、"take away from"のような、動きを感じさせる前置詞をともなった表現を訳すときに、よくこの方法を使います。たとえば、"into"なら「何かを指先でどこかに押し込む」動き、"across"なら「何かを手でまたぐ」動き、"away from"なら「手を何かから遠ざける」動きをしながら、原文の意味に近い日本語の表現を探します。はたから見ると、突然動き出し、しかも同じ動きを何度も繰り返すので、だいぶ不思議な人に見えると思いますが、そうしているうちに良い訳語を思いつくことが少なくありません。

実際の例を見てみましょう。データを活用したマーケティングに関する文書からの抜粋です。

【原文】
Marketers are also scrambling away from dependence on 3rd-party data, which was often "black-box."

【翻訳1】
またマーケターは、ブラックボックスになりやすかったサードパーティデータへの依存から急速に脱却しつつあります

【翻訳1】は原文にかなり忠実な訳で、意味的に間違いではありませんが、「急速に脱却」のあたりが少々気になります。"scramble away from"なので、「急に離れていく」というジェスチャーを繰り返しながら考え出したのが、次の訳です。

【翻訳2】
またマーケターの間では、内情がわかりにくいサードパーティデータの利用を見直す動きが急速に広がっています

身振りをしながら、「急に離れる」→「急にそっぽを向く」→「急に付き合い方を見直す」という連想ゲームをして、こんな感じにまとめました。これはどちらかと言うと「言葉の運用力」より「発想の転換力」に近いのですが、自分のなかにある言葉を引き出すひとつの方法として紹介してみました。

普段から「別の言い方」を考えよう

言葉の運用力を高める手っ取り早い方法をいくつか紹介してきましたが、実のところ一番効果的なのは、普段から同じことを別の言葉で表現するトレーニングをすることです。たとえば、何か怒りを感じたとき、いつも「ムカつく」で済ませてはいけません。「イライラする」「頭にくる」「腹立たしい」「腹に据えかねる」など、いろいろな表現があります。そういえばこんな言い方もできるな……と考えているうちに怒りの発作が収まって、いいことがあるかもしれません。


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