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わが城わが楯 1 林 粘菌

 林 粘菌(はやし ねんきん)は、元・間者隊(かんじやたい)の将校です。

 間者隊とは、敵の拠点にしのびこんで、情報を盗んだり、敵を殺したり、爆弾をしかけたりする集団です。

 

 林は、間者隊の大尉として戦争に参加しました。

 林は、間者隊の狂暴な戦闘員たちを集めて「粘菌班」をつくりました。かれらは、敵のとりでや占領地に忍び込み、兵隊や軍属を殺しました。

 粘菌班に襲われたキャンプは、1人のこらず残酷に殺されました。また、そのやり方も、毒を盛ったり、毒の蚊を放ったりと、奇妙なので、非常に評判が悪く、嫌われていました。

 敵の後方陣地では、粘菌班から身を守るために多くの兵隊が見張につきました。それでも、敵の兵隊になりすました林やその部下たちが寝ている間に忍び込んで、音もなく酸や溶岩を流し込んでくるので、逃げ出す物が相次ぎました。


 戦争に負けると、林とその部下たちは逃げ出しました。占領軍は、間者隊の人間を追いかけ、見つけては処刑しました。

 政府と軍の代表は、占領軍を迎え入れるのと引き換えに、兵隊たちを自由に奴隷や労働者にしてもいいという取り決めをおこないました。


 政府代表と占領軍の間では、次のような話があったとのことです。

「間者隊という部隊は、ひどい攻撃をやってきた。あれは、犯罪者集団だ。わたしたちは、かれらを一人残らず捕まえて、処刑する」

「それは、当然のこと。ぜひ、わたしたちも間者隊の逮捕を、お手伝いいたします」

「おまえたちに、何ができるのか」

「はい。警察と、軍をあなたたちに預けますので、間者隊の捜索に使っていただきたい」

「では、そうしよう。わたしたちの役に立てば、逮捕した将軍たちを釈放しよう」

「御ありがとうございます。」


 林は、部下の外山 電装(そとやま でんそう)少尉といっしょに、占領軍のたむろする酒場にいました。薄暗い酒場には、背の高い占領軍の兵隊たちがおおぜいいて、お酒を飲んで暴れています。

 林は、間者隊の大尉として働いていたときから、非常に目立たない見てくれでした。体つきは細く、顔も特徴がなく、目は濁って死んでいます。

 唯一の特徴だったのは、曇った丸眼鏡ですが、それも戦争が終わってからは外していました。眼が悪いわけではなく、殺した敵の血などが眼に入るとやっかいだからつけていただけでした。

 今も、酒場に出入りする穀物の運搬人の服装を身につけており、かつて敵をたくさん殺した恐ろしい戦闘員だったというような気配はまったくありません。

 林は、間者隊の将校の中でも、優先的に捕まえるべき犯罪人の扱いを受けていました。占領軍と、占領軍に付き従う警察・兵隊たちは、皆、林とその部下たち、「粘菌班」を探していました。

 しかし、目立たない顔立ちのため、林を見つけ出すことは容易ではありませんでした。


 林と外山は、酒場の倉庫内で、穀物袋を積み上げていました。

 林は、戦争が終わって以来、偉そうに街を歩く占領軍と、かれらにこびへつらう国人が嫌でたまりませんでした。かれは、敵と裏切り者に攻撃をくわえる機会をうかがっていました。

 林は言いました。

「こうして同じ場所にいるだけで、気分が悪い。早くこの敵たちを殺して、追い出そう。そして、裏切り者たちは全員、やっつけるんだ」

「班長(※ 林のこと)がそういうと思って、今日は準備をしています。ここに積んである小麦と米の袋は、ぜんぶ爆薬です。これで、とりあえず爆破しましょう」

「よし、ではやろう」

 林と外山は、かばんに格納していた腕時計とライターに細工をして、倉庫の一角に設置しました。仕掛けを確認してから、すぐに酒場から出ました。

 間もなく、酒場は大爆発し、中で休暇を楽しんでいた占領軍の兵隊およそ100名が爆死しました。

 かれらは、間もなく国に帰る予定でしたが、残念ながら棺桶に入れられて海に捨てられました。

 占領軍の国は海の向こうにあるため、棺桶を運ぶ余裕がありませんでした。海で屍体が腐ると、おそろしいウミウシやイカ、タコがやってきて船を襲いました。


 林と外山は、すぐに兵隊になりすまし、別の町に逃げました。殺した兵隊から身分証を盗んでいたので、途中の検問も通過することができました。外国人には、顔の見分けがつきにくいようでした。


 林と外山は後ろから声をかけられました。

「もしもし、失礼ですが、林大尉ですか」

 振り向いたとたん、声の主、帽子をかぶった若い男は拳銃を取り出しました。

 林と外山はすぐにふところから拳銃を取り出し、男を射殺しました。

「確認!」

 2人は倒れた人体から拳銃をとり、頭部を確認しました。胸と顎を撃たれた男の顔はひどく壊れていました。

「この男に見覚えはないが」

「間者隊かどうかわかりません。しかしわれわれの部隊の者ではない」

「とりあえず、そこの草むらに隠しておこう。仲間が来る前に、どこか隠れ家を探す必要がある」

「わかりました」


 駅を出て、商店の並ぶ道をしばらく歩いたところで、古びた倉庫街に入りました。

 林らがあらかじめ連絡をとっていた元粘菌班の部下が、隠れ家を準備していました。

 この男は毒を盛る技術を持っており、敵地で毒の食事や毒の水をよく作っては、兵隊たちを殺していました。

 いまは、殺虫剤を売って何とか生計を立てています。

 林と外山は、倉庫の隅に用意されたマットレスに横になって寝ました。占領軍やその追手が来ることを警戒して、林と外山、毒薬男の3人で、交代で見張につきました。

 こうした不寝番に耐えるには、化学製品の力を借りる必要があります。かれらは、消灯の前に疲労回復薬を飲んで、眠気を抑えました。

 

 

 

 

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