八条口、コンコース⑵

【まーちゃん、もしかしたらだけどさ、今度京都に行けるかもしれないんだ!】


あれからというもの、毎日連絡を取り合っていた。彼はユウマさんといい、神奈川に住むごく普通のサラリーマンであった。26歳にして既に結婚3年目、次の初夏には3人家族になるらしい。

彼とはいろいろな話をした。趣味、好きなモノ、今までの恋愛、家族の話や自分の性格。あの日だけじゃ知り得なかったお互いについて1から補填しあった。

いつしか私達は朝と晩、一日に2回電話をすることが当たり前になっていた。


まーちゃんに会いたいなあ

ユウくんは神奈川、わたしは京都。遠いし奥さんに怒られるから来れないでしょ。


""また連絡するね""

毎日の電話、切る時はいつもこの流れだった。



そんな日々が2ヶ月ほど続いて、すっかり季節も春めいた頃、彼は本当にやって来た。

奥さんにバレないよう上司に協力してもらったと言う。


どうしても、会いたい子がいるので一緒に京都についてきてくれませんか、と。


土曜の夜、人々が行き交う繁華街の交差点で私達は2度目の再会を果たした。仄かに香水のいい匂いがした。

誰もわたしたちを知らない街で、手を繋いで神社まで歩いた。夜桜を見た。向かい合って食事をした。彼は、なんだか恥ずかしがって暫くの間、目を合わせてくれなかった。それがたまらなくかわいかった。しかし、時折彼は私を凄く愛おしそうに見つめた。気づかないフリをしたけれど。



2人で布団に潜る時も、暗闇の中でもハッキリとわかるほど甘い目をしていた。ああ、人の縁とは不思議なものだ。あの時偶然出会った人が今ここにいるなんて。



ゴツゴツと骨ばった大きな手が、わたしの頭をゆっくりと滑り落ちる時、はっきりとわかった。



彼と過ごす最初で最後の夜。

恋人の様に過ごせる最後の日。

今日だけは恋人同士になろう。






あの夜、間違いなくわたしは世界で1番の幸せものだったのだ。






この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?