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父がパンを焼いた

詳しいいきさつは知らないが、父親がホームベーカリーを手に入れた。

私の父は毎日、他の家族はまだ寝静まっている5時台に起きる。
私たち家族を起こさないように静かに台所へ向かい、シンクに残っている食器をすべて洗い、庭の植物に水をやるためにジョウロに水を汲む。

ジョウロ2杯分の水やりを終えると台所へ戻り、トースターに食パンをそっと置き、チーズをのせる。コーヒーを淹れてあたたまった食パンをほおばり、リスのようにもぐもぐと朝ごはんを食べる。

朝のルーティーンを淡々とこなす父は私の憧れである。
父が仕事へと出かける頃も、私や母は寝ていることが多い。いや、ほとんどといっていい。上記のようなルーティーンを知るのは、たまーに私が早起きしたときに見かけるのである。

そんな奇跡的に父と朝に会えたときは「おはよー」と私が力の抜けた挨拶をすると、父は「おはよう」と応えてくれる。声が優しく、私はもう一度眠たくなる。会ったことある友人は、みんな私の父を羨ましがるぐらい、父からは優しいオーラがでている。

そんな父が、ホームベーカリーを手に入れたのだ。数日間、段ボールの中に入ったままだったそれは、昨日開封された。出かけた帰りに材料を買ってきた父は、「パン作りましょか。手伝ってくれる?」と私にきいた。

私は「うん!」といいながらアイスを冷蔵庫から出した。材料の分量を読み上げるだけのお手伝いに徹しようと思ったのだ。父は「手伝う気ないやろー笑」と優しく笑いながらも、このために買ったばかりの電子スケールを取り出し一生懸命に強力粉を250g測った。ぴったり250g測ると、スケールの数値を0に戻し、さらに他の材料を測っていく。

「あれ?251gになってるなぁ」と少し困った様子をみせるが、「まぁいっか。実験実験。」と次の材料の分量を私に読み上げさせた。アイスをすぐ食べ終わった私も、「ほんまに美味しいのできるかなぁ」とわくわくした気持ちで父の計測を見守った。

父は料理をしない。しかし、料理以外の家事を率先してやる。
父は料理向いてるだろうなぁと私はなんとなく思うのだが、何度か言ってみても「ぼくはいい。」と断られた。

そんな父がパンを作ろうとしていて、私と母はなんだか嬉しく、にこにこ顔を見合わせて笑った。

ホームベーカリーの機能は想像以上に素晴らしく、本当に材料を測っていれたら終わりだった。スイッチを押したら4時間休まず働いてくれた。
焼き上がりは深夜のようだ。

私たち家族は一旦寝て、焼き上がる頃に起きてパンをみようということになった。私は昼夜逆転生活がここ数日続いていたため、そのまま起きて焼き上がりをまっていた。

できあがる時間に父の寝室を覗く。すっかり眠っているが、起こしてもいいものか少し迷った。「お父さん」とひそひそ声で部屋の隅で眠る父に声をかけると、「パンできた?」とすぐに起きあがった。こんな小さな声で起きるなんて、普段眠れているのだろうかと少し心配になる。

母も起きていたようで、眠い顔をした3人で台所のホームベーカリーの前に集まった。蓋を開ける前からいい匂いが立ち込めていた。
父がホームベーカリーの蓋を開けると、こんがりいい色に焼けたまぁるい食パンがそこに収まっていた。想像以上の出来栄えに喜んだあと、父は「あちち」と少し顔をしかめながらパンを容器から取り出した。あつあつでやわらかいパンを私がパン切り包丁で切ってみた。

父はパンの写真を撮った。会社の同僚の人が、パンをよく焼くそうで、その人がたくさんアドバイスをくれていたらしい。任務を果たしたことを写真を見せて報告するのだろう。

ふわふわの出来立てパンを、3人で少しずつたべた。美味しい。
私は正直ごはん派なので、パンを美味しいと思ったことは少ないのだが、焼きたて食パンはほんとうに美味しかった。パン屋さんできるね!と冗談を言い合った後は「じゃあ、明日の朝ごはんにしよう」と解散した。

今日も朝起きると、父はもう仕事へ出た後だった。
母は洗濯物を干していた。「お父さんのパン、母さんももう食べたよ。」と言った。
リビングのテーブルには少しすくなくなった食パンが置かれている。
いつもなら、起きてすぐはベッドの上でスマホを眺める時間を30分ほどとってしまうのだが、今日はパンが楽しみですぐに起き上がることができた。

父の真似をして、食パンの上にチーズをのせてトースターに入れた。
表面がこんがりした、ふわふわのあったかいパンを食べた。

できれば毎日作って欲しいと思った。



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