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【八人のアダム】 1-8 侵入、者?

「私一人でもできます! やらせてください!」
ピップがいなくなった第三格納庫にミラーの声が響いた。
「ピップのことは……認めます。間違いなく有能です。おそらく、私よりも。しかし、ピップにはギャラン様への忠誠心がありません。ギャラン様と、ギャランシティへの忠誠心は、私の方が遥かにまさっています。お願いします。あのスターズの整備は私にお任せください!」
「あなたの心は疑わないわ、ミラー。あなたはアタシに尽くしてくれている。あなたは<別れの日>のあとも、アタシとサイモンに真っ先についてきてくれたわね」
「そ、そうですとも!」
「でもね、ミラー。アタシはこのシティを始めたときに宣言したわよね。アタシは想いよりも成果を選ぶ、と。誰であろうと役に立たないものは切り捨てる、と」
「……はい」
「アタシの目的は、このイカれた世界で偉大な王になること。ギャランシティを世界最高のシティにすることよ。そのためには、猛スピードで走り抜けなきゃならないの。だから、今のあなたに期待することはこのヤバいスターズを一刻も早く自由に使えるようにして欲しいってことだけ。そのための最善の手段はなにかしらね。あなたが、たった一人でこの巨大なスターズの解析と整備に取り組むことかしら」
「そ、それは……」
「話は以上よ。あとは、自分で考えなさい」
そういうと、ギャランとサイモンは第三格納庫を出てき、あとにはミラーだけが残された。

「やれやれ。なかなか思うようにいかなわいわね」
ギャランは市庁舎、通称ギャランタワーの、市長専用のエレベーターに乗りこみながらため息をついた。
「ピップは説得してみせますよ。彼は私のことを比較的信頼してくれているはずです」
「頼むわよ。あの子には、なんとしてもわがシティにいてもらわなくちゃ。あれほどの逸材はなかなか得られないからね」
ギャランの言葉にサイモンはうなずいた。
「アダム博士の孫というのは、やはり本当でしょう。アダム博士に関する文献を調べたところ、雑記の中に、孫の男児誕生を思わせる一文がありました。ピップの年齢とも一致しそうです」
「最高の結果は、これで実はアダム博士が生きていて、ピップがいることでアダム博士もうちのシティに技術顧問などで入ってくれることね。ただ、もうアダム博士は生きていないでしょうけど」
「それはなぜですか?」
「だって、世界中の<マザースター>が大都市とともに消滅したんだもの。アダム博士なんて、マザースターと暮らしていたようなものでしょ。とっくに白い穴に飲み込まれちゃってるわよ」
「世界有数の大企業、アダムカンパニーの会長ですからね。企業としてもマザースターは所持していたでしょうから、おっしゃる通りですね」
「ピップだってそれはわかっているでしょうにねえ」
エレベーターは市庁舎の五階に到着し、サイモンは特別通路につながる扉を専用のカードキーで開けた。
この先はVIPエリアで、ここに自由に出入りすることができるカードキーを持つのはギャランとサイモンだけである。幹部さえも、このエリアに入るには、二人の許可を得なければならない。
だから、今はこの階には二人しかいない、はずだった。

「こんばんは!」

初めは、ギャランもサイモンもどこから声がしたのかわからなかった。
前を見ると、金色の髪をした子どもがニコニコとしながら歩いてきた。
ギャランとサイモンは顔を見合わせた。
「あんたの子?」
「まさか。ギャラさんのでは?」
「知らないわよ、あんなガキ」
サイモンは周囲を警戒しながら、ギャランの前に立ち、その子どもに警告を出した。
「止まれ。それ以上近づくな。なんだ君は? どこの子だ?」
サイモンは後ろ手に銃を握った状態で、その子どもに尋ねた。不審な動きをすればためらわずに撃つつもりだった。
「はじめまして、ぼくの名前はラムダです」
「ラムダ……?」
「ギャラン=ドゥ市長、そしてシティ参謀長のサイモン=ブランクさん。お邪魔してしまい、ごめんなさい。道に迷ってしまったのですが、出口はどちらでしょうか」
「ちょっと何よ! なんでVIPエリアにガキが迷い込めるの!」
ギャランが吠えた。
サイモンは守衛に電話をかけた。
「五階、VIPエリアに子どもが迷い込んでいます。入場を許可をするので、至急来てください」
ほどなく、五人ほどの守衛たちがその場に走ってきた。


守衛たちはラムダと名乗った子どもを囲み、守衛長は真っ青になりながらギャランとサイモンに頭を下げた。
「も、申し訳ございません! なぜかセキュリティードアが開いてまして、それに警備用の自律式スターズと防犯ビデオもオフになっており……」
「ふっざけんじゃないわよ、ここにガキを入れるなんて。アタシはガキが嫌いなのよ! さっさとつまみ出しなさい!」
「誠に申し訳ございません! すぐに連れ出します。ほら、きみ、きなさい!」
「はい、ボビー=ファルムさん」
その子どもは二人の守衛にかかえられて、警備室に連れていかれた。
残りの守衛たちは五階に何か異常がないかを確認している。
「なんなのよ、本当に。うちのセキュリティーは、人も機械もザルすぎるわね。強化しないといけないわね」
「ええ……」
サイモンはすこし気になった。あの子どもが来た先にあるのは、市長室である。
「ギャランさん、念の為、市長室に何もなかったのか確認をさせてください」
サイモンはカードキーを使って、市長室のドアを慎重に開けた。
そして、市長室内に異常がないかを守衛長とともに確認した。
荒らされた形跡や、ものが動かされた痕跡はない。ただ、市長のデスクのパソコンが起動している。
「ギャランさん、これは……」
「あら、やだ。そういえばつけっぱなしだったわ」
ギャランはなんでもなさそうに言った。サイモンはため息をついた。
「いつも言ってますが、自室を離れる時は電源は必ず落としてください。重要なデータが入っているんですから」
「ほほ、ごめん遊ばせ」
五階の各所確認をしていた守衛たちが報告にきたので、サイモンは守衛長を連れて市長室を出た。
「調査の結果、ほかの侵入者の形跡はありません。また、その他の異常もありませんでした。機械の動作不具合により、あの子どもを通してしまったとみられます。誠に申し訳ございませんッッ」
守衛たちは一列になり、真っ青な顔で頭を下げた。
「そうですか。もし異常が確認されたら、報告をするように」
「はっ!」
守衛たちはサイモンから何もお咎めが無かったことにホッとしながら、VIPエリアを出ていった。サイモンは市長室に戻り、ギャランに声をかけた。
「ギャランさん、異常はないとのこと。私は業務に戻ります」
豪奢な椅子に腰掛けたギャランは、手で了解、と合図をした。

サイモンは市長室をあとにして通路に出ると、市長室の隣にある自室、参謀室にカードキーを使用して入った。
それから軽く食事をとり、ソファーで一時間ほど仮眠をした。
仮眠から目覚めると、まず熱いコーヒーを入れ、一口飲んだ。サイモンが仕事を始める前のルーティンである。
そして、シティ内や部下から上がってくる数多くの問合せや承認を凄まじい速さで確認し、指示を出してゆく。それが終わると、今後のシティを良くしていくための施策の検討をする。課題として、五階のセキュリティー強化も追加した。
ギャランシティの参謀であるサイモンの職務は広範にわたり、その業務量は非常に多い。高い処理能力を持つサイモンであるが、シティの拡大に伴い、自分の補佐を任せられる人間を必要としていた。そして、ピップはそれに足る人材であると思っていた。

「ピップ、きみはスターエンジニアでおわる人間ではないぞ。私たちと、来るんだ」
サイモンは二杯目のコーヒーを飲みながら、つぶやいた。

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