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【八人のアダム】 1-2 ラムダ

ギャランシティは高さ三、四mほどの壁で囲まれている。
これは外部勢力や盗賊、そして<はぐれスターズ>と呼ばれる野良の自律式スターズのシティへの侵入を防ぐために設置されたものだ。また、移民や難民の受け入れをコントロールするためのものでもある。
壁を無断で超えた場合は、ギャランシティの法においては重罪、もしくは銃殺となるため、人々がシティを出入りする場合は、必ず東西南の三箇所に設置されたゲートにて所定の手続きを行う必要がある。
また、入市希望者がシティの正規市民ではない場合、「メインゲート」と呼ばれる西側ゲートで手続きを行い、厳しい審査を受ける必要がある。

そのメインゲート入口にて。
門番の兵士は、目の前の小さな来訪者をどう扱うべきか苦慮していた。

「だからねえ、きみ。うちのシティに入るには、ちゃんと手続きをふんでもらわないといけないんだよ。あなたの親御さんはどこ?」
兵士の視線の斜め下には、金髪のサラサラとした髪をなびかせた、あどけない子供が立っていた。
五、六歳の男子だろうか。カバンやリュックといった荷物は何も所持していないように見えた。もう六月の後半、夏前の暑い時期だというのに、青い外套を羽織り、オレンジ色のマフラーを巻いている。
「おい、どうした?」
対応に手間取っているのを見て、別の門番も近寄ってきた。子どもの相手をしていた門番は見ろよとばかりに足元の子どもを指差した。
もう一人の門番は子どもに慣れているらしい。しゃがんで子どもと同じ高さの目線になると、穏やかな口調でその子どもに話しかけた。
「きみ、おなまえは?」
「はじめまして、ぼくの名前はラムダです」
ラムダと名乗るその子供は、瞳を輝かせながらハキハキと答えた。
「えーと、ラムダくん。きみはだれとここへきたの?」
「はい、一人で来ました」
門番たちは顔を見合わせた。
戦災孤児がシティに流れ着いてくるようなことは稀にある。
だが、その場合はなんらかのスターズに乗って来るのが普通だった。なぜなら、ギャランシティは近隣の近い小シティまででさえ数十kmの距離がある上に、周囲は乾いた大地と砂漠、そして巨大なクレーターが広がる不毛な地帯である。
大人でさえ徒歩での到達は困難な行程なのだ。
それに、もし仮に徒歩でギャランシティまでたどり着けたとしても、間違いなく疲労困憊の状態で到着するはずである。
それにもかかわらず、目の前のラムダ少年は疲労の色も見せず、ニコニコとまぶしいほどの笑顔を門番に向けてくる。門番たちが不審に思うのは当然のことであった。
「えーと、じゃあ、このシティには何をしにきたのかな?」
「人を探しています」
そういうと、ラムダと名乗る子どもはポケットをまさぐり、一枚の写真を取り出した。写真は折れ曲がらないよう、ビニールコーティングされている。
「ぼくの探している人は、この左にいる人物で、ピップ=リンクスと言います。これは彼が十二歳の頃の写真です。今は十七歳になっています」
ラムダが門番たちに見せた写真には、向日葵の花が咲く畑の前で、初老の男性とともに笑う少年の姿があった。
門番は少し考えた。
ピップといえば、確か昨日の夜に、ギャラン市長と共に遠征より帰還したスターエンジニアの少年の名前だ。印象に残る名前だったので覚えていたのだ。ラムダが見せた写真の少年と顔が似ているようにも思われた。
だが、当然ながら門番としては、シティ内の情報を外部者に漏らすわけにはいかない。それに、この子どもの探している人物が、あのピップ少年であるとも限らない。
「ふうん、ピップさんねえ。で、そのピップさんはラムダくんの知り合い?」
「いいえ!」
「ど、どういうことかな。きみは知らない人を探しているのかい?」
「はい。ぼくはピップに会ったことがありませんが、ピップを探しています。このシティにピップがいないか探したいのです。入ることは可能でしょうか?」
「あのねえ、ぼく。言いづらいんだけど、きみがシティに入りたいからといって、はいどうぞと通すわけにはいかないんだ。だって、それが俺たちの仕事だからね。じゃあ、どうすればきみがシティに入れるのかをおしえるよ」
門番にそう言われて、ラムダはこくんとうなずいた。
「もしきみが本当に一人なら、移民申請をして貰わないといけない。うちのシティに正式に入れるまでは、かなり厳しい審査があるし、あまりキレイとはいえない場所で何日か待ってもらわなければいけない。そして、多分、入る許可は出ない。ギャランシティは働ける見込みのある人か、その家族しか、今は入市できないんだ。これはギャラン市長の方針でね。ここまではわかったかな?」
ラムダはまたうなずいた。門番は話を続けた。
「だから、きみが本当は誰かと来ているなら、その人を連れてきてほしいんだ。その人と一緒なら、きみは審査を受けて、シティに入れる可能性がある。なあに、ウソをついたことは気にしなくていい。おじさんたちは、正直な子には怒ったりしないよ」
ラムダはキョトンとした顔で門番を眺めたあと、にっこり笑った。
(わかってくれたか)とホッとして、門番も微笑んだ。
「ここからは入れないことがわかりました。ありがとう。あなたたちに良い日でありますように!」
ラムダは屈託のない笑顔でそういうと、スタスタとゲートの外へ歩いて行ってしまった。
門番たちはまた顔を見合わせた。
あとを追うべきかとも思ったが、次の訪問者たちが待ち構えていたため、その対応に追われるうちに、この不思議な子どものことは忘れてしまった。

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