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【八人のアダム】 1-4 ミラー=レーン

ピップがギャランシティで働き、生活をするようになったのは、わずか三ヶ月ほど前のことである。
<別れの日>以後、ピップは祖父アダムを探して各地をさまよっていたが、なんの情報も得られないまま二年が経過していた。失意と消耗の中、行き倒れる寸前にたどりついたのがこのギャランシティだった。
そのギャランシティの主任スターエンジニアがミラーだった。
つまり、ミラーはピップの上司である。



「遠征、ご苦労だったな。足を引っ張る奴がいねえからこっちは仕事がしやすかったぜ」
「そうですか」
「戦闘になったんだってな。ギャランさんとサイモンさんはお前をパイロットにするつもりなのかもなあ」
「どうでしょうね。俺にパイロットの資質はないような気がしますが」
「へっ、つまりスターエンジニアとしてなら資質があるっていうわけか。さすがアダム博士のお孫さんはいうことが違うねえ」
「そういうわけじゃ…」
ピップはこの上司が苦手だった。
ピップがギャランシティでスターエンジニアとして働き始めて一ヶ月ほど経った頃のことである。
ピップはミラーの計算ミスに気がついて、こっそりとその部分を修正してしまったことがあった。そのことにミラーが勘付き、ミラーのプライドを傷つけた。それ以来、ピップはミラーに目をつけられるようになってしまった。
ピップにはスターエンジニアとしての技量や知識を比較するような気持ちはないのだが、ミラーはことあるごとに突っかかってくる。
「おめえよう、サイモンさんにちょっと気に入られているからって、調子に乗んなよ。お前は住民のしょぼいスターズを直したり、自分のモルゴンでも磨いていりゃあいいんだからよ」
「そうですね。モルゴンを磨きに行こうと思いますので、これで」
ピップは足早に通り過ぎようとした。
「逃げんのか? こんなとき、アダムおじいちゃんに泣きつけたらよかったのになあ。ぼく、パイロットにさせられちゃいましたって」
ミラーは仲間たちと下品に笑った。
瞬間、ピップは、飛んだ。
そしてミラーの顔面に飛び蹴りをかましていた。
「ほぐっ」
ミラーは情けない声を出して倒れた。

(やっちまった)
とピップは思った。
これまで溜まっていたストレスがあるところに、祖父の名前を出されて、反射的に動いてしてしまったのだ。
「このガキ!!」
すぐにミラーの仲間がピップを抑えた。ピップは地面に這いつくばる形となった。ミラーがよろよろと立ち上がった。
「このやろう、上司の顔を蹴りやがった」
周囲の通行人がざわめいている。
「見てんじゃねえ!」
ミラーの仲間が牽制した。ピップはミラーの仲間にはがいじめにされ、ズルズルと裏道に連れてゆかれた。
ミラーはポケットからペンチを取り出した。
「邪魔なんだよ、ろくに働いたこともねえクソガキが。俺が指導をしてやる。耳を引きちぎってやろうか、それとも指を一本ずつ折ってやろうか」
ミラーはペンチをピップの顔の前に突き出しながら言った。
「お前、スターエンジニアを降りろや。そんで、このシティから出ていきな。そしたら許してやる。お前みたいなクソガキにうろちょろされると、こっちの仕事がやりづらくて仕方ねえんだ」
ミラーはペンチを手で弄びながら、ピップに脅しをかけた。
ピップは何かをボソボソと呟いた。
「ああ? 泣いて詫びんのか?」
ミラーは耳を近づけた。
「先輩。そういえば、またスターエネルギーの転移式の計算間違っていたんで、直しておきましたよ」
ミラーの顔が真っ赤になった。
「上等だよクソガキ。まずはその汚え歯を抜いてやる。二度とその減らず口がきけねえようにな」
ミラーがピップの頬を強引に掴み、口にペンチを近づけたときである。
ピップをはがいじめにしていたミラーの仲間たちの顔が青くなった。
「おい、ミラ…」
「ああん?」
ミラーは振り向き、ギョッとした。
そこには静かに立つサイモンがいた。

サイモンは穏やかに口を開いた。
「ミラー、これはどういうことだい?」
「さ、サイモンさん。こ、これはその、後輩指導の一貫で…」
ミラーがしどろもどろになり答えると、サイモンはゆっくり近づいてきた。
「ミラー、このシティでもっとも重要なことはなんだろう?」
「そ、それは、ギャラン様です! ギャラン様のお役に立つこと!!」
「その通りだ。理解しているようでよかったよ、ミラー。もしきみが……」
サイモンはミラーの目の前まで歩み、続けた。
「もしきみが間違った答えを言ったのなら、きみを懲罰房に入れなければならなかっただろう」
「ヒッ……!!」
「ならわかるね、ミラー。このシティでは、ピップの歯も。指も。頭脳も。すべてがギャランさんのものなんだ。さて、私の見間違いならいいんだが、君はいま、それを傷つけようとしたのかい?」
「と、とんでもありません、サイモンさん!」
ミラーは直立で叫んだ。サイモンは穏やかに微笑んだ。
「よかった。ミラー、君とは古い付き合いだ。君のこれまでの頑張りはよくわかっている。これからもギャラン様の力になることだけをしてほしい」
サイモンはミラーの肩に手を置いた。
「はい……」
ミラーは力なく返事をした。
ミラーの仲間はとうにピップを放して、サイモンに向けて引きつった笑顔を向けている。
「ピップ、話がある。非番の日にすまないが、時間はあるかい?」
「は、はい」
「行こうか」
そういってサイモンはゆっくりと歩き出した。ピップはよろよろとその後を追った。サイモンはバイク型のスターズの後部席にピップを乗せ、走り去った。
サイモンとピップが見えなくなるまで、ミラーたちは終始無言だった。

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