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【八人のアダム】 1-3 昼食

ピップはアパートの自室で目を覚ました。
時刻を確認すると、すでに十時過ぎだった。
とても腹が減っている。だが、自分で料理を作る気にはならない。
(外でなにか食べるか)
顔を洗い、着替えると、ピップは部屋を出た。
ピップのアパートはシティの中心部にある。
アパートを出て二本目の道は、もうシティのメインストリートであり、昼どきでもあるため、多くの人で賑わっていた。

ギャランシティの前身は、<別れの日>のあとに行き場をなくしたならず者たちがたむろする、秩序のない小規模なシティだった。
そこへ、ギャラン=ドゥがサイモンら少数の部下を引き連れ、そのならず者たちを追い出し、あるいは部下にして、自分が統治者になった。そのあとにシティの名称を<ギャランシティ>へと改名したのだ。

それから約二年、ギャランシティは変貌を遂げた。
ギャラン=ドゥはその強烈な個性を持ってカリスマを発揮し、人々を畏怖させながらも魅きつけた。サイモンは参謀となり、シティのインフラを整え、法を制定していった。
シティとして知られるようになると、次第に人が集まってくる。ギャランは各地で採掘を行い、スターエネルギーや資材を集め、さらには周辺の小シティを制圧し、吸収・併合した。
こうして、ギャランシティは今や周辺地域で最も大きなシティとなった。

ピップはメインストリートにある行きつけの食堂に入り、「チキンライス」を注文した。
ギャランシティの食糧事情はまだ改善途上にあり、生鮮食品の流通は少なく、缶詰などの加工食品が中心である。新鮮な農産物や畜産物は希少なため、一般市民の口に入る機会は多くはなかった。
そのため、例えば「チキン」とうたう料理であっても、生の鶏肉を調理していることはほとんどない。多くの場合、缶詰など加工済みの鶏肉が使われている。それは野菜や穀物においても同様である。缶詰のベジタブルミックスと米を使い、調理ソースと塩をかけ、油で炒めたものが、この食堂における「チキンライス」である。
これら缶詰の多くは、採掘により回収された物であった。
都市中心部でなければ、<大破壊>の被害が少ない箇所もあり、そこで賞味期限の長い缶詰などが発見されれば、人々にとって貴重な食料となるのだった。

<別れの日>以後、生き残った人々が真っ先に直面した問題は飢餓、次に病気である。
生産と流通が壊滅状況であるため、水も食料も手に入らない。衛生状態も一気に悪化した。
不潔な環境で、多くの人は飢えと病に苦しむこととなった。
わずかな缶詰を取り合って殺し合いが起きた。ピップ自身も、この二年の間、数えきれないほど危険な思いをしてきた。
それを思えば、汚れてない水があり、食事もとれるギャランシティは、天国のようなものであった。つまり、ピップにとってはこの「チキンライス」も十分なご馳走なのだ。

調理を待つ間、ピップはカウンターに肘をついて、食堂の初老の女将と世間話をしていた。
「おばちゃん、こいつの調子はどうだい?」
ピップはカウンター横にいる、ローラータイヤで移動する自律式スターズの頭をポンと触った。機械音声が反応する。
「オキャクサマ イラッシャイマセ」
「ああ、ピップちゃん。上々だよ。この子が手伝ってくれるから本当に助かっているよ、ほら」
自律式スターズは、客が立ち上がるのを検知するとローラーでレジ前へと移動した。そして客の伝票を読み取り、会計を行なった。
「アリガトウゴザイマシタ」
会計が終わると、今度は食器を回収しに向かう。
「ね?」
「それはよかった」
ピップはその様子を眺めながら、満足そうにいった。
この自律式スターズは、ピップがスクラップ置き場で見つけたものである。元は大手ファミリーレストランなどで活躍していた接客用のスターズだったが、採掘されたものの使い道がなく、シティのスクラップ置き場に打ち捨てられていたのだ。
老夫婦の営む食堂は、店主が調理、女将が調理の補助をしながら接客や配膳や会計をしていたため、対応が遅いことが客の不満だった。
そこでピップが、この自律式スターズを修理し、この食堂向けに調整をして、老夫婦にプレゼントしてあげたのだ。
「ピップちゃんのおかげだね。ほら、これをサービスしておいてやるよ」
そういいながら提供されたのは、チキンライスに薄く焼き延ばされた卵焼きが乗せられ、オムライスへと進化したものだった。
「卵ッッ!」
ピップは思わず声に出した。
鶏卵などの卵、そしてそれを使った卵料理は、今の世界では大変に貴重なものである。食事に卵をつけると、価格が一桁違ってくることさえある。
「おばちゃん、こんな、無理しないでいいんだよ」
「いいんだよ、たまたま手に入ったんだ。ほら、他の誰かに見つかる前にさっと食べちまいな」
ピップは感動で瞳を潤ませながら、オムライスをかきこんだ。
(うまい。マジでうまい)
卵の滋養が体に染み渡る。食感、味、色味。卵というのはどうしてこんなにも美味しいのか。ピップはもうしばらく食べられないであろう卵料理を、愛おしく味わった。



ピップが食事を食べ終わる頃。中年の男性が横から声をかけてきた。
「やあ、君はピップさん、だよね?」
「はあ」
シティの制服を着ていることから、まだ勤務中の職員だと思われるが、ピップは知らない相手である。
(まさか、俺が卵料理を食べていたことにケチをつけてきたのか?)
とピップは警戒した。
「ああ、失礼。私はシティのゲートの門番をしているものだ。実は今朝、ピップという名前の人を探している人が入市希望でゲートを訪れてね」
「えっ……」
ピップはスプーンを落としそうになった。
「も、もしかして! 初老の男性ですか!? その人の名前はアダムといいませんでしたか?」
口の中のものを飛ばさんばかりの勢いでピップが反応したため、門番は思わずのけぞった。
「い、いや。小さな男の子だった。見た目は小学校の低学年くらいかな。名前は確かラムダといってたよ」
「男の子、ラムダ……」ピップは少し考えた。
「いや、知らない、ですね」
「君の家族や親戚でもない?」
「はい。俺は一人っ子ですし、親族や知り合い含めても、ラムダという名前は初耳です」
「そうかあ。いや、知っての通り、シティの住人でなければシティに無断で入れるわけにいかないから手続きが必要なことを伝えたのだけど、どこかへ行ってしまったんだ。もしかして君の知り合いだったら悪いことをしたなと思って。ならいいんだ。邪魔をしたね」
そういうと、その門番だという中年の男は他の仲間たちが待つテーブルへと戻って行った。
(なんだよ、ぬか喜びさせやがって)
ピップは水を飲み切ると、席を立った。
自律式スターズはそれに反応して、モーターで移動してレジを担当した。
「がんばれよ」
ピップは自律式スターズに声をかけた。
「アリガトウゴザイマシタ」
と自律式スターズは抑揚のない機械音声で答えた。

ピップは食堂を出た。
今日は非番ではあるが、とくに用事があるわけでもない。
自分のモルゴンのメンテナンスでもしに行こうかと、メインストリートを歩いているときだった。突如、柄の悪い連中が道を塞いだ。
そして、その中のリーダー格であろう背の低い男がピップに声をかけてきた。
「よう、ピップじゃねえか」
「うっ…」
ピップは苦手な相手に出会ってしまった。
ミラー=レーン。
ギャランシティの主任スターエンジニアである。

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