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中央線に乗って

「俺はさ、朝起きたらまず塩洗顔」と言う言葉にパスタをフォークに巻き付ける手が止まった。

東京駅構内。今まで地下鉄しか使っていなかったが、引越しに伴い通勤経路の変更により、それまでは出張か帰省か、新幹線移動が必要な場合にしか潜らなかったJR東京駅の改札が生活の中に入り込んでくるようになった。

とはいえ、頻繁に電車を使うわけではない。在宅勤務が主であり、出社をするのは週一、ニといった具合だ。だからこそ、東京駅まで来るとちょっとしたおのぼりさんのように、帰る前にうろうろと、何か美味しいものはないかなと探してみたくなる。

その日は改札から少し歩いたところにあるイタリアンについた。調理法なのか食材になのかは忘れてしまったが、何かにこだわっているらしいパスタを頼んでフォーク巻きつけ一口。正直なところそこまで美味しいわけではない。普段ラーメンばかり食べているからかやや薄味に感じてしまう。

失敗したかなぁ、と独りごちたところに背後から聞こえた「塩洗顔」なるワードにただでさえ薄く感じていたパスタの味はさらに薄くペラッペラになり、舌の上から溶けて消えて無くなってしまった。

自分の左後ろに座っている男性の二人組が、何故か一日のルーティーンをお互いに開示しあっており、おそらく美容に関心があるのだろうが、化粧水はどこのだとか、シャンプーはどこそれのオーガニックのだとか、情報交換をしている会話に少し聞き入ってしまった。

それほどまでに、「俺は朝から塩洗顔」という最初に聞こえたセンテンスとそこに勝手に私が感じたドヤァという効果音に、そしてその塩洗顔によって保たれているであろう美肌に興味が湧いた30代半ば、週末に紫外線に照らされる生活を何年も続けて少し疲れたお肌が気になってくる自他共に認めるおっさんの自分。

世の中には自分の知らないことがまだまだたくさんある。

お会計を済ませ、塩洗顔によって磨かれた御尊顔を一目拝めたらと思いそれとなく忘物を確認するふりをして振り返ったが、美肌具合までは確認できなかった。

老いと言う概念を感じすらしなかった20代はとっくに過ぎ去り、すくすくむちむちと成長する我が子を抱き抱える度に腰を痛めないかなという一抹の不安も一緒に抱き抱える毎日を過ごす中で、アンチエイジングというほどでもないけど、できる限り若々しくいたいなと近頃思う。

肉体は否応なしに老いていく。心はいつも17歳!ではただの痛いおっさんになってしまうのもわかる。ただただ若づくりにお金かけるのも違う気がする。

ただただ、挨拶をするわけでもなく、乱暴にドアをあけて今日がやってきては去っていく。朝を大事に過ごし、昼に活力を漲らせ、夜を楽しく過ごす。そんな生活を皺と一緒に重ねて行きたいという気持ち、誰かと共有できればいい。

中央線の車窓に写る自分の顔が、死んだ魚のような光のない目をしていることに気づいた30代の何でもない話。



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