38年前のヨーロッパ1ケ月の貧乏旅行記(2)
実家で見つけた22歳の自分の旅行記を、60歳にして書き起こすことにした。
2月18日(金)<2日目>
5:30 ロンドン ヒースロー空港着 両替$50
6:40 ピカデリーでヴィクトリア駅に向かう
9:00 ウエストミンスター寺院 音楽を聴く(£0.6)
10:30 国会議事堂 (ポストカード£0.45)
11:00 バッキンガム宮殿 近衛兵を観る
12:00 モール街よりトラファルガー広場へ トイレと食事を探す
13:00 Pizzaland トマトとチーズピザ(£1.35)
15:00 ぶらりサンホ地区を歩く コーヒー(£0.35)
ロンドンの裏町で生活香がある
16:00 ピカデリー広場より ヴィクトリア駅(£0.45)
日本人とお茶 アドバイスをもらう(£0.21)
17:00 なんとかホテルに着(ツアーで申込)
ビクトリア ユーロー駅
夕食を食べる
ヒースロー空港の両替はすべて女性。美しい人が多い。
ピカデリー線からロンドンの街の夜明けが見える。静かなまち、おちついたまち。緑のはやしをぬって走る。電車が地上を走ると、ロンドンの朝靄に街ぜんたいがまだ眠っている。地下鉄は楽しい。気分はもう最高だ。電車の扉がひらくたびに、ロンドンの小鳥が「ようこそ」とあいさつしてくれるように、囁く。日本の大都市では考えられない様子だ。
ヴィクトリア駅では、なんでもはじめて。少々緊張?店がまだ開いてないので、地図がてにはいらない。語学力のなさ。なんとなさけない。
道にまよって、女性に道をたずねるが、よくわからん。中国人にはなしかけられてもわからん。ウロウロの連続。
計画性のなさに失望したな。ほんとに。
少し道に迷いながらも、荷物を預けて、牧沢(一緒のツアーで会った日本人)と一緒に歩いてみる。
ウエストミンスター寺院は、すごい。大きい。
パイプオルガンの演奏を聴いて、英国の地、ロンドンについたことを実感する。
パイプオルガンの響き・・・ほんとうに、ヨーロッパのロンドンなのだ。
テームズ川より見える国会議事堂は、大英帝国の遺産。欄干からの眺めはよい。
テームズ川の流れはよどみ、太陽は低く照らしている。
公園を横切ると、日本との違いをみる。はと、かもめ、リス。婦人が小鳥に餌をやっている。まるでおとぎの国の世界だ。
バッキンガム宮殿の前の近衛兵交代は、観光客に対して、大英帝国の権威を見せつけるような感じ。
ホテルで少し落ち着きたい。少し休み、食事をしてウロウロ。
まったく理解できないことほど、寂しいものはない。
ピカデリー広場に行き、牧沢のペースでカバンとかを探すショッピングをする。お金がないので、ショッピングは楽しくないが、この地区での生活が良く分かって楽しい。夜の街かな・・。
ホテルに到着。今回のツアーで、ロンドンのホテルは予約されてる。一緒のツアーに参加した日本人と顔を会わせるとホッとする。
夕食は、みんなと一緒にホテルの外に出た。今回の旅行の行き先の情報交換をする。
ロンドンの第一印象は非常に落ち着いたまち。少々活気にかけるところがある。
英語は通じると思ったのに、少々ショック。相手のはなしてることの半分以下の単語しか理解できない。しかし、人間同士、笑顔で応えてみよう!
みんなは30~40万円の大金をもっているのに対して、俺だけ20万円は心細い。もしお金と使い切ってしまったら、その時は死しかないのかもしれないなんて考える・・。あ~、疲れた。
俺は何の目的で日本から来たのかな?遠い異国の地で考えることは・・。
風呂にはいってみる。シャワーの勢いはGood。これからこんなホテルに泊まることができるだろうか。写真を撮りながら、いろいろと考える。
手紙を家と友達にだす。
お金が無いのは不安だ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
38年たった今、当時の気持ちを思い出した。
このツアーはJTB主催。自分以外の学生は、全員が暖かそうなダウンジャケットで揃え、修学旅行だ。自分だけが違う。
38年前の手帳には、ロンドンのホテルで一緒になったメンバーの6名の名前と部屋番号がある。自分の筆跡でなないから、ひとり一人がノートを交換して書いたのだろう。
中沢・・〒181 三鷹市井の頭・(早稲田大学)61号
鈴村・・〒154 世田谷区・・ (早稲田大学)61号
坂東・・〒770 徳島市・・ (筑波大学)313号
西山・・〒305 茨木県新治郡・(筑波大学)
荒川・・〒157 東京都世田谷・(慶応義塾)
牧沢・・〒167 東京都杉並区・(早稲田大学)303号
そうだ。このとき、他人の大学名を見て、みんなお金持ちの家に生まれて、なに不自由なく親からたくさんのこづかいをもらったんだろ!
俺は旅行直前まで、京都の友禅染工場でバイトしてたんだ。やっと貯めたギリギリ予算で旅している俺は、お前らとは違~う!って心のどこかで叫んでいた。
たしか、ひとりで行動するやつはいなかった。大学の仲間、または高校時代の仲間で一緒に旅している関係だった。
そして、昼間、いっしょに行動した牧沢は、とくかく高級なカバンの店に入っては高い鞄を探していた。このとき、自分とは人種が違ってみえた。。
(TARAS BOULBAを着た22歳の自分)
僕だけがダウンではなく、TARAS BOULBA(タラスブルバ))シンサレートジャケットだ。当時、新しく開発された素材、温かい素材シンサレートを使ってた。雨にも強い防水、そしてフードがあり、たくさんのポケット(隠しも)があり、なによりも欧州の冬の寒さに耐えることを念頭において買った。
このTARAS BOULBA(タラスブルバ) のジャケットは、38年たったいまも大切に保管してある。普段はあまり着ないが、旅行のときだけに着る。
昨年の秋、60歳の定年を迎える前に、1週間の知人と東北地方にキャンピングーカーで旅した。このとき、久しぶりにこれを着た。これを着ると、22歳に戻る。そしてダウンジャケットに対抗する気持ちになる・・・。
TARAS BOULBA のジャケットは、
入社(大学卒業)する直前から、
定年退職を向かえるまで、38年間 い・つ・し・ょ・だ
あと住所から不思議なことに気づいた。
郵便番号が3桁しかない。38年前は、3桁だけで郵便物が届いた!?
ロンドンでの両替レートもメモしてある。いまとは全然ちがう(笑)
マルク、フランって、ユーロになったから比較が簡単にできない・・
1ドル・・・234円(買い)228円(売り)229円(TC)<今 105円>
1ポンド・・372円(〃) 346円(〃)353円(TC) <今 144円>
1マルク・・101円 93円 96円 <今ユーロ>
1フラン・・37円 30円 33円 <今ユーロ>
こんな長文は、だれも読まないとは思う。
ただ、60歳のおっさんが70歳になっても、80歳になっても、そのときの気持ちや感動を思い出すために、ここに残すことにした。
ここに使かわせてもらった写真はフリーの素材を選んで掲載した。
当時の場所を思い出すにも、写真はいい。当時の感動がよみがえる!
学生時代、写真撮影がすきな僕は一眼レフカメラ2台もって、白黒フィルムを大量(36枚撮りフィルム×20本)にもって旅にでた(もうフィルムの時代は終わったが)。
しかし、いまだに自分の撮影した写真はみてない。お金がなかった。
お金がないから自力でフィルム現像した。旅からかえると、大学卒業式の直前。卒業までに大学の研究室の暗室にこもって、黙々とひとり現像。
そこで卒業式。
京都から実家に引っ越し、入社式、新人研修・・。
結婚してからは実家を離れ、それから38年間、わすれていた。
実家の押し入れにあるフィルム・・。どんな景色が写っているのか・・・。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?