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オタクはなぜ鈍器本を作りたがるのか

こんにちは。紙と装丁と小説同人誌のオタクです。
今回の記事は生産性のある話ではなく、一オタクのぼやきです。鈍器本が好きでそういう同人誌を作っていて、ネガティブな意見を聞きたくない人には閲覧をおすすめしません。

タイトル通り、なんでオタクは鈍器本を作りたがるのか? というお話。というか嘆き。
ただの個人のお気持ちなので、意見が合わない方との議論は望んでいません。同人誌が作り手の自由である事は承知の上です。
それでも言いたい、オタクはなぜ鈍器本を作りたがるのか。


過去の記事でも書いた通り、私は鈍器の同人誌があまり好きではないです。商業本は大好きだけど、同人誌として好ましくない、という感情を持っています。
鈍器本。
煉瓦本とも言う。ページ数が数百ページ単位になる分厚く重たい同人誌。小説本に多い。

「本を作るなら鈍器にしたい!」というツイートをよく見ます。憧れだもんね。
でもさ…やっぱりさ…鈍器本ってさ…


めちゃめちゃ読みにくいんだよ〜〜〜〜。

そんでもって、めちゃめちゃ嵩張るんだよ〜〜〜〜〜。


鈍器本いいよ!アガるよ!というツイート、よく見かけます。それは事実です。ソフトカバーでも鈍器本ならハードカバー並みの存在感が出るし、厚みがあるだけでより本らしくなる。
小説同人誌界隈で文庫サイズが台頭してきた頃から、小説本でも商業本らしさに拘る人も増えてきたと感じます。このあたりは鶏と卵かもしれませんが。

けれど、鈍器本を作ろう!というツイートを見るたびに私は肝が冷えます。
だってさ。
山登りを始めてみたい人がいきなり冬の富士山登頂に挑もうとしたら、誰だって止めるでしょ。
初サークル参加はオフセット100部がいいよ!当日の朝スペースに置いてあるダン箱を見たらアガるよ!なんて言う人がいたら、ちょっと待てと思うでしょ。
それと同じ事です。同じ事なんじゃないかな…。

言いたい事はというと、鈍器本はデメリットも多いから作る時は慎重にねって事なんですけど、やっぱり鈍器本を持ち上げる風潮にもNOを言いたい。
前回の記事とも被る話ですが、鈍器本を作って困るのは少部数サークルと買い手なので。
私は幸い鈍器本に手を出す前に小説同人誌作りの難しさについて知れたので、鈍器本を出して失敗した事はないですが、初めての小説個人誌は白上質紙で100ページのA5小説本でした。後で白上質紙が小説に向かない事を知って後悔しました…中身はとても気に入ってるから今でも刷り直したいくらい。
上質紙、保存性はとてもいいんですけどね…でもやっぱり白は目が疲れるので…(ちなみに書籍用紙として使われる淡クリームキンマリは、上質紙ベースのクリーム色の紙なので読みやすい上長持ちする)。
しかも上質紙小説本は2冊も出してるんですよ。買ってくれた人に謝りたい…。気にしてない人もいるかもだけど。
小説本の知識が無いとこういう事が起こる訳です。まあ当時の私は上質紙でも自分の本だから普通に読み返しまくってたんですが。
元々字書きではなく漫画描きだったので、漫画本と同じノリで本文用紙を選んだのでした。無知〜。この頃は紙選びも興味なかったしなあ。

で、鈍器本は「実物が届いて手にとってみたらなんかめちゃくちゃ読みにくいぞ?」となりやすい同人誌なんです。ただのA5上質紙100ページ本とは全然違う読みにくさ。
具体的にどういうデメリットがあってどういう回避方法があるかは、この記事の鈍器本の項にまとめています。


鈍器本に限った話ではありませんが。
読みにくく開きにくい鈍器本を買ってくれた人がいるとします。
その人達って、よほど作者と親しいかよほど作者の小説が好きかよほどのお人好し(お節介とも言う)でもない限り、「今回の同人誌、本として読みにくかったから次からは用紙を改善してくれませんか?」って言ってくれないんです。
だって同人誌は作者の自由で(二次創作本のあれこれについては主題ではないので割愛)、装丁や中身に買い手が口を出す権利なんて無いから。お金を出して買った人間として意見を言う権利はありますが。

そして、読みにくいと感じた人達がどこでそのネガティブな意見を零すかというと、たいてい匿名掲示板な訳です。
鈍器本がバズりやすいツイッターとは違い、書き手買い手の本音で溢れている場では鈍器本はほとんど歓迎されません。
「神の本だから買い続けてるけど、物理的に読み返せなくてつらい」「いつまで経っても用紙や組版が改善されないサークルを買うリストから外した」。掲示板に書き込まれるこれらをどう取るかは個人の自由で。
こういうネガティブな意見はツイッターの作り手には届きにくいです。マシュマロなどで作者に直接伝えてくれる人もいますし、オブラートに包んで言ってくれるフォロワーもいるでしょうが、それでも鈍器本ツイートは未だにバズる。

小説の中身磨きよりも文字数やページ数を増やす事を重視する作家の話と似てるなあと思います。というか、鈍器本が生まれる背景はその延長線上にあるんだと思う。
同人誌って、少し前はいかにページ数を抑えて印刷代と頒布価格を軽くするかが重視されていたはずだけど、最近はどうもその逆を行ってるっぽい。
十分同人誌として成立する文章量があるのに、わざわざ嵩高の用紙を使ったり1ページあたりの行数を減らしたりしてまで本を厚くしようとするその努力、多分使い所が間違ってるよ〜〜〜。読みづらくなるだけじゃなく、搬入出の肉体的負担や自家通販の送料上乗せや自宅の保管場所を食うダン箱という形で跳ね返ってくるんだよ〜〜〜。
それを知った上で作るならいいんですが、知らずに鈍器本作りを布教するのは当事者を困らせる行為なのでできればやめてほしい。せめてデメリットも添えてあげてほしい…。

本を作る印刷所は、たとえ1000ページになろうが技術的に可能な限りクライアントにストップを掛けないので、作る側も「いけるのかも」と思っちゃうのかもしれません。
いや、作れるのは作れるんですよ。読みやすさは度外視で、それが本の形を成しているというだけならば。
京極夏彦の鈍器本とかは、その手のスペシャリストが大勢集って本文用紙やら組版やらを決めてからゴーサインを出して作っているので、当然ながら素人が真似したら大失敗を招きやすいです。
だから特に初同人誌で鈍器本はやめておくべきだと思うんだけど、みんな作っちゃうんだよなあ、人生初同人誌の鈍器再録本…。よりにもよってサポートが手厚い大手印刷所で。
大手は薄い書籍用紙があまり揃ってないし、かといって相談してくれた客に他社を勧めるはずもないので、スタッフはそのまま見積もりを出しちゃうんでしょうけど…。
だからこそオタクが情報を集めないといけないのに、鈍器本のデメリットはなかなか周知されないというもどかしさ。
作って失敗して経験するか、作る前に調べまくって回避するしかない。でも失敗した時のリスクがあまりにも大きいのが同人誌作りなんですよね。

そういう気持ちで書いた記事でした。オチは無い。
同人誌作りは大変だけど一生ものの思い出になるから、その愛と頑張りに見合った素敵な本が完成するのが一番だよねって話でした。

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