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以前からことあるごとに目にして気になっていた数学者・岡潔と批評家・小林秀雄の対談本『人…
国文学研究者の西郷信綱は、「詩人の命」(『古典の影』収録)という短文で、大伴旅人や山上…
小川和佑『伊東静雄』(講談社現代新書)は古書店で何気なく手に取って購入したものだったが…
手元に一冊の古書がある。 昭和18年9月に刊行された太宰治の『右大臣実朝』。大阪にある錦…
明治中期に奇行の詩人がいた。ある時その詩人が友人と一緒に酒を飲んでいたとき、自分の盃が…
一人の学徒として、学問に向き合う態度はいかにあるべきか。 人それぞれの考え方はあると…
いつも、詩を書きたいと思いながら文章を連ねている。 しかし、どういうわけか形式としての抒情「詩」は、現在の自分の表現方法としてはしっくりこない。そのかわりに、自分が書くいかなる文章にも詩的精神を宿したいという、青臭いような身構えが、自分のうちにはある。 「青臭い」というのは、そういう詩的精神の面構えの内心に、誰にでも伝わる形で素直に書けない気恥ずかしさがあるからだ。しかも、「詩を書きたい」などといいように取り繕ってみても、所詮は美しい言い回しを誉められたいという自己肯
文章が人格をあらわすとすれば、書き表したものは年相応の経験が反映されて然るべきだ。若書…