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年中休業うつらうつら日記(2023年4月1日~4月7日)

いろんな計画が全部うまく行った忙しい春が終わりました。1カ月ぐらい、何もしないですごします。家計簿つけなきゃ。きっと気絶するな…
例によって巻末に「車中泊日記」があります。2日目の模様をどうぞ。

23年4月1日

今日のことを書く前に、やはり昨日のことを書いておかなくてはなるまい。
せいうちくんの職場の元先輩であるSさんと北島亭で待ち合わせだ。

電車の中でFBをチェックしていたら、なんとSさん、1時間前に長野を出たって書いてある!
出張だろうか、せいうちくんたらいったいなんでまたこんな日を選んだのか?
長野から四ツ谷は1時間45分あれば移動できるから、時間的には間に合うだろけど、ずいぶん気ぜわしい思いをさせてしまったものだ。

約束の15分前にお店につき、上座は避けたいがお皿が2枚セットされているので仕方なくソファ席の方に座る。
トイレに行って、戻ってきたらSさんが出現していた!
ご挨拶してFBの件を聞いたら、やはり長野から来たらしい。
「すみません、お忙しい日に」と謝ると、笑いながら、
「いや、実は仕事の方はあとから入れたんです。この時間があれば戻ってこられるな、と」。
乗り鉄はタイトでスリリングな、ほとんどアリバイ作りのような隙間時間の活用を好むのだろうか。

やがてせいうちくんも来て、みんなでご挨拶し合う。
今年の大河ドラマ「どうする家康」がどうにも気に入らないSさんはちょうど1月から始まったよしながふみ原作のドラマ「大奥」の方を今年の大河と定め、楽しんでいるらしい。
「もう一度だけ、家康にチャンスをください。それでも面白くなかったら食事を1回ご馳走しますから」とせいうちくんが挑み、そしてやはり負けた、ということで本日の食事会となったのだ。

「秋クールも楽しみですねー」と言いながら、先日の北条氏真があんまりよかったものだから、つい、
「先週のは良かったですよ。土曜日に再放送をご覧になっては」と言ってしまい、
「日記には『せいうちくんに未練がましく大河を勧めたりしないようきつくたしなめておいた』と書いてあったのに、うさこさん、おっしゃることが違うじゃないですか」と笑われた。
いや、やはりね、大河の灯は消したくないと言うかね、好きな人が増えるといいなと思ったのよ…

そのかわりの「大奥」の話はたっぷりさせていただいた。
やっと1巻を買ったと聞いてほっとした。
Sさんが原作マンガをどうしても買わないようならワンセット買って送りつけようかと思っていたのだ。
まあ、どっちにしても年末、秋クールの第二シーズンが終わってからだね。

Sさんは乗り鉄でクラシック音楽とオペラと宝塚と文楽と美術が好きで、ついでに鉄塔を見るのが好きだそうだ。
つまりはもんのすごいオタクである。全身これオタクのカタマリ。
どこを切ってもオタク汁が出る。
せいうちくんもややオタクっぽいが、Sさんほど系統だってはいない。
声優とかアニメ監督にやたらにニッチなだけだ。

その本物のオタクがたいそう興味を持ってくれたのがFBに上げた車中泊の旅。
元々我々が持っていた「シベリア鉄道でサンクトペテルブルグまで」ってアイディアを非常に推していてくれたSさんで、もう体力的に無理だろうがこれからは車中泊に目を向けたい、と言ったら彼自身たいそう興味がありそうだった。

あと、なぜか我々の友人にはGくんに惹きつけられてしまう人が出る。
せいうちくんや私がいいねやコメントをすると、オープンになっている彼のタイムラインは我々の友人からも見えるのだ。
「Gさんってのは何をしてらっしゃる方なんですか?」とSさんにも聞かれた。
「サラリーマンを数年で辞めたのち、『働いたら負けだ』と豪語して庭先のアパートの家賃収入で食べたり飲んだり車中泊したりしている人です」と答えたら、「ああ!」となんだかすごく納得してもらえた。
今度、Gくんに魅了された人たちを集めて「Gくんを囲む会」を開催したいとかなり本気で思う私だった。
もっとも「素」または「酔っ払ってる」Gくんの姿を人にお見せしていいものかどうかは大いに迷うところなのだが。

Sさんとせいうちくんはクラシック好きのところでぴたりと趣味が会い、互いにフルトヴェングラーとかカラヤンの話が止まらない。
「1970年代のHi-Fi録音のベートーヴェンの第7番が好きですね」とせいうちくんが言えば、Sさんは、
「カラヤンなら『新世界交響曲』が好きです」と言い、答えて言うせいうちくんは、
「モーツァルトならベームが好きで、特に41番の4楽章が最高です」で、Sさんは、
「確かに41番の4楽章ならベームでしょうね。モーツァルトなら29番は早いカラヤンも遅いベームもそれぞれに素晴らしいのでぜひ」と返す。
ハイソな人々のハイソな会話を、私はぽかんと口を開けてただただ傾聴していた。
「高見沢さんの歌は不倫の歌が多いですね」と言ってみたらよかったかしらん。

さて、せっかく北島亭に来ているのだからその話をしよう。
前回来た時とはずいぶん席の並びが違うので、せいうちくんがホールボーイさんに、
「前とはかなりレイアウトが変わりましたね」と聞くと、
「ヒロ・ヤマガタさんの絵を入れたので、それに合わせて変えました」とのこと。
奥の壁にでっかい絵があると思ったら、ヒロ・ヤマガタか。これまたハイソな世界だ。


このお店では3品コースと4品コースがあり、どちらにしても量が多いのでよしながふみは著書「愛がなくても喰っていけます」の中でこの店を紹介する時、「あらゆるガイドブックに『最大限腹を減らして行け』と書いてある店」と述べてる。
我々はいつも4品にチャレンジするが、Sさんは「もうおじさんなので」と控えめに3品コース。

メニューボードの中から冷たい前菜は各自自由に、3品コースでは温かい前菜がスキップされ、それと魚、肉のそれぞれのコースは各テーブル単位で同じものを頼むことになっている。
やはりコロナの打撃は避けられなかったものか、2人いたフロア係さんは1人になっているし、メニューの数もずいぶん少なくなっていた。
大好きな「牛頬肉の蜂蜜入りワインソース煮」はもう食べられないし、割と最近のレビューを見て楽しみにしていた「牛肉のタルタル風」もなかった。
お客さんも我々以外に食通っぽい若い人が1人来ているだけで、金曜の夜としては寂しい。
(ちなみにそのもう一人の客は、「来週来た時にこれを食べます」と言っているのが聞こえた。激しく常連感があふれ出していた)

冷たい前菜は、Sさんと私は同じ「ズワイガニのシャルロット風サラダ」を頼みたかったのだが、あいにくひと皿しか残ってないそうなのでSさんに譲り、私は看板メニューの「ウニのムース冷製コンソメ寄せ」、せいうちくんは「ボタンエビのマリネ」にした。

温かい前菜はハマグリのスープ1品しか載ってなかったので選ぶ余地なし。Sさん食べないし。
魚はヒラメのポワレ、そして肉料理を迷っていたら奥からシェフの北島さんがびっくりするほどの霜降り牛肉のでかくて分厚いスライスをトレイに乗せてやってきた。
「ちまちま食べるより、お三方でこれ1枚、ドーンと行きましょうよ!」
シェフにこう言われて他の選択ができるだろうか。
即時降伏して全員ステーキに。

ワインは各お料理にペアリングしてもらい、白と赤を何杯か飲んだ。
アミューズ2種は「新玉ねぎのピザ風」と「白魚の素揚げ」。
よしながふみから引用して、「塩が効いてて、でも濃すぎないでしょう?素材の味を生かすために必要最小限しか塩を使わないのが日本料理で、素材の味を殺さないギリギリ限度までまで塩を振るのがフレンチだそうですよ」と、作者本人も「年頃の娘につまらんウンチクを傾けるオヤジのような自分」と揶揄しているというのに、本物のおじさん相手に語ってしまった。


「ウニのムース」はあいかわらずウニがどっちゃりと入っていて、ざくざくとした固形だが口に入れると溶けて風味が広がるコンソメゼリーとよく合っていた。。
Sさんはぐるりと直立したアスパラガスの城壁で囲まれたズワイガニのシャルロット姫にどう到達するべきか悩んでいたので、
「思い切ってタテに真っ二つに切って、アスパラは倒しちゃうと食べやすいです」と先輩風を吹かす。
恥じらいの酸味とフレッシュさのシャルロット姫は呪いを解かれて姿を現し、救出の騎士Sさんは「おいしいですねぇ!」と賛辞を惜しまなかった。


ハマグリのスープ仕立ては我々だけなので、ちょっと急いで食べる。
魚料理はヒラメのポワレ。パリパリの皮と柔らかさを残した身のアンサンブルが口の中でハーモニーを奏でる。




メインの肉料理、私は正直あまりステーキが好きでなく、「フレンチ食べに来てステーキってのもなぁ」と内心思っていたのだが、全体が白く見えるほどの霜降りには惹かれたし、フロア係のおにーさんが下ごしらえした状態で持ってきてくれた肉の塊があまりにでかかったので魔法にかかってしまった。
その魔法は、赤ワインソースをまとった大きな一切れのステーキ様が登場あそばしても消えなかった。
いや、それどころか、ナイフで押すとぷにゅんぷにゅんと脂が全部溶けて肉の中に閉じ込められている感触に、ぞくぞくっとした。


切り分けて口に入れると、広がる脂の味と同時に血の味と錯覚するような強めの塩味。
どこまでも柔らかく、しかしどこまでも肉である。
「いきなりステーキ」などと比較して考えたのが不埒であった。
これはもう、ステーキなどという料理ではない気がする。
食べている間中、陶然と「食べられるために最高の調理をされた肉を、真摯に食べている」感覚が去らなかった。
あー、美味しかった!

いろんな話をしながらゆっくりゆっくり食べていたので、デザートの頃にはお客は我々だけになっていた。
Sさんはキャラメルプリンのフルーツ乗せ、せいうちくんはクレーム・ブリュレ、私はサバランをそれぞれ頼む。
飲み物はSさんがハーブティーでせいうちくんがコーヒー、私はいつものようにエスプレッソ。
サバランは日頃から大好きなんだが、食パンをスライスした形のモノにははじめてお目にかかった。
たいがい丸いやつがどっぷりシロップに使って出てくるでしょう?
キルシュの効いたシロップを一体どうしたものか、平たい食パン型のどこを食べてもたっぷりと沁み込ませてある。
降参!だった。


お土産のお菓子をもらい、牛ステーキ様の残り部分を包んでもらい、いつも通りの「あー、やられたー」感と共に店を出る時はもうフロアさんに「閉店ですので」と言われる時間だった。
Sさんにはせいうちくんの一生の友達でいてほしい。
定年後の長い年月を、鉄塔の楽しみ方を教わりながら暮らすのもいいだろう。
今度はぜひ奥様もご一緒に、と愛妻家のSさんによくよくお願いし、四ツ谷の夜は更けていくのだった。

帰りついたら、定例ZOOM飲み会が始まる22時を15分ほど過ぎてしまってた。
着替える間もなくいつものパジャマ姿でなくネックレスやペンダントをつけたおしゃれなオレンジのニットを着ての登場なんだが、話し始めてしばらくしても、画面の3人のメンツは誰も気がつかない。
「今日、外食してきたって言ったでしょ。恰好が、普段と違うと思わない?」と問うのだが、全員ぽかんとしている。
「今日はトレーナー型のパジャマなんだなぁと」
「Tシャツ型の寝間着とどう違うんだ」
「ネックレス?そんなもん、画面で見切れてるぞ」
とさんざんな評判。
おしゃれって、甲斐がない。
パジャマに着替えたせいうちくんが替わってくれてる間に、私もいつも通りパジャマになってあらためて参加。

何しろ眠いので、早めに落ちた。
そして今日、昼まで寝ていた我々は次なる旅行の支度で忙しい。

23年4月2日

今日から一泊二日でレンタカーを借りて箱根旅行。
メンツは息子夫婦とあちらのお母さま、そして我々。
前の晩からビールを6本冷やしておいたのや冷蔵庫のお茶などを保冷ケースに入れて、まあ温泉旅館だからたいていのアメニティはあるだろうとシャンプーなどは持たない。
一番やっかいなのが私の薬である。
朝昼晩と飲む心臓関係の薬、日中に不安になった時の薬、緑内障とドライアイのための目薬、夜の睡眠薬と全部別々にパックして、2人それぞれのリュックと着替え等を入れたコロコロトランクひとつ。

朝が早いのでせいうちくんが昨日の晩借りておいてくれたレンタカーを有料駐車場に取りに行く。
なんと20時から8時までの12時間で最大料金は300円だったそうだ。安いじゃないか!
マンションの下で荷物を積み込み、ノアなのに後部2列を対面座席にできないという事実に直面し、おまけに息子のTwitterを見ると夜中まで下北沢で働いている。
運転手として使える状態かどうかわからない、眠そうだったら3列目に放り込んで寝かせておいて、せいうちくん運転、私は助手席、Mちゃんとお母さんは2列目、とラフに決めて出発。
大宮からは西国分寺に出やすいので、そこの駅前で拾う手はずになっている。

早く着いたので路地に車を停めて、しばし待つ。
息子から「もうじき駅だよ」とメッセージが入ったのが約束の9時の15分前。
遠くに見える線路を電車が通るのを見て、
「あっち方向だから、これに乗ってるのかもね」と言いながら、息子に「ロータリーに出たら教えて」と返信しておく。
「はーい」と返事はいいが、なかなか来ないじゃないか。
その後、電車が3本ぐらい行ってしまうのを空振りの思いで見つめ、「息子にとっての『もうじき駅』ってどのくらいの感覚なんだろう。普通、『次はにしこくぶんじ~』ってアナウンスを聞くぐらいのタイミングじゃなかろうか」と思いを巡らす。
どうもタイミングが合わないやつだ。

しかし予定時刻の5分前には「出たー」とメッセージが来て3人の姿がロータリーに見えた。
すぐに車を寄せ、とりあえず荷物は後ろに、息子が助手席に乗り、女性3人は2列目に座る、という布陣で車を出す。
少し離れたところで本格的に荷物の整理を。
うちも保冷ケースに飲み物を入れてきていたが、Mちゃんもエコバッグに「冷蔵庫の中にあるものをいろいろガチャガチャ放り込んできました」と清々しく笑う。
なんというか、似た者嫁姑で嬉しい。

息子は眠いというほどではないが少し疲れ気味なので今日の運転手はせいうちくんが一手に担うことになった。
後ろでは女性陣が「お世話になります」「いえいえ、こちらこそ。お2人とも昨日はお仕事で大変でしたね」などと社交を交わす。
お母さんを入れての旅は親族顔合わせの意味も含めて去年の秋から計画していたんだが、肝心の若い2人がコロナにかかってしまったので、治るのを待って簡単なお食事会をし、そしてもう入籍まで済んでしまっている。
息子は先週、お母さんのお誕生日のお祝いに呼ばれたそうで、4人きょうだいの末っ子であるMちゃんのお兄さんお姉さん甥っ子姪っ子にお目にかかったらしい。
あとはマレーシアにいる次兄さんだけ会ってないわけだが、秋に結婚式で会えたらいいなと思っているそうだ。
我々はまだ、お母さん以外の家族とは会ってないなぁ。

中央高速に乗り河口湖方面に向かい、山中湖の近くで高速を降り、せいうちくんはイチオシの「忍野八海」を観光に行く。
「そこには何があるの?」と事前に聞いたところ、「綺麗な池がたくさんある!」と自信に満ちた答え。
「池見るの?ただの池?」と不服そうな私に、せいうちくんは「ロープウェイも考えている!」とあいかわらず強気。
彼なりにこの旅行を成功させようとの意気込みだろう。

後ろの席では他愛ないおしゃべりが弾み、息子とせいうちくんは何やら別の話をしている。
両方聞くのは大変だ。聖徳太子の実在を疑う瞬間。
やがてほぼ一律300円の駐車場があちこちに出現してきた。
まるで夏の海の家のように、忍野八海周りの人々はこれがひとつの収入源なのだろう。
奥の方の駐車場に停めてなるべく歩かずにすませたいのが人情だが、満車だと戻ってくるのがめんどくさい。
微妙なバランスで、この駐車場争奪戦は成り立っている。
一番奥の目立たないところにある駐車場が200円なのに、なんとなく哀愁を感じる。


気温はけっこう低く、Mちゃんもお母さんもコートやマフラーを身につけていた。
私は暑がりだから長袖Tシャツの上にパーカーを羽織っただけ。
ここでは「忍野八海」を見るだけが目的だったはずなんだが、息子から出た「おなかすいた」の声。
日曜だからか、驚くほど人でにぎわっていて、特に外国語が多く聞かれるのはインバウンドの人たちが完全に戻ってきている雰囲気だ。
とりあえず屋台街と言うか商店街みたいなところでめいめい好きな揚げ物を買って、串に刺したそれをそこらのベンチとテーブルで食べていた。
はんぺんかまぼこ類が全部苦手な私だけ桃ソフトクリームを食べていて、「この寒いのに」と全員から笑われた。

忍野八海はあちこちにきれいな池がある場所だが、たいていの池にコインが投げ込んである。
「物を投げ入れないでください」との看板もあったが、人は水が溜まってるとトレビの泉だと思ってしまうのだろうか。
息子によればNYの噴水なんかにもコインはたくさん沈んでるんだそうだ。


ゆるゆると池を眺め、遊歩道を歩いて行くと、蕎麦屋らしきものが点在している。
皆、さっき食べた揚げ物でおなかはおさまったかしらん、昼食を食べるなら12時ちょっと前の今がチャンスなんだがな、と思っていたら、小ぎれいですいている店が出現した。
「ここでお昼をすませていきませんか?」と誘うと、全員それでOK。
小腹の満ちているMちゃんとお母さんは「ほうとう」を2人で分けて食べると言い、せいうちくんもほうとう、息子はどこでもカレーうどん、私はどこでもとろろ蕎麦の冷たいの。
美味しかった。


せいうちくんがほうとうを食べながら、
「やっぱり、この、じゃがいもがはいってるところがほうとうですよね!」と元気よく言うので、
「え、かぼちゃじゃなくて?」と聞き返したらなぜか大あわて、
「あれ、もしかしたら僕、『かぶ』って言った?」
いいえ、あなたはかぼちゃもかぶも言ってません。じゃがいもです。そしてほうとうに入っているのはかぼちゃです。
どうもこないだ受けたメモリークリニックの検査以来、何かに過剰にびくびくしている気がするなぁ。

続いてて向かうのは桃源台のロープウェイ。
ここの谷底の眺めは確かにちょっとした見ものだからね。
しかし往復で1人2800円は高い、という空気がなんとなく広がる中、せいうちくんは必死で、
「ちょっと高く思えるかもですけど、すごくいいんですよ!」と強引な勧誘にかかる。
せっかく観光地に来てるわけだし、そう強硬に拒む人はいないよ。Gくんとか長老とかがいれば別だけど。

しばらくうろうろしていて、一番驚いたのはヱヴァンゲリヲンの人間大フィギュアが飾ってあって、あたりはNERVの基地のようにしつらえてあり、絶好の自撮りスポットになっていたことかも。
箱根は今や、「第三新東京市」として名が売れているらしい。商魂たくましいね。






ロープウェイは、昔の思い出からするとすっかりきれいになっていた。
ゴンドラは透明部分が増した洒落たデザインになっていて眺望性が増していたし、ケーブルがダブルになっていたのであまり揺れなかった。
昔はシングルワイヤーだったから風が吹くとものすごく揺れて怖かったものだが。

中には全員が座れる数の座席があって、四方八方が見通せる。
遠くに見える山に咲良がちらほら咲いているのも風情がある。
Mちゃん母娘が驚いたのは途中に停車するところがあって、車掌さんが外からドアを開け、「お降りの方はいらっしゃいませんか?」と尋ねられた時。
「帰りに降りてみましょう。今はとりあえず終点を目指して」とせいうちくんが言い、みんな座ったまま先へ進む。


ロープウェイがマジシャンの手から放たれる鳩のように空中に飛び出すと、がくんと衝撃があるのといきなり眼下が開けるのとで「うわっ」と思う。
谷底の穴ボコがいくつも煙を噴き上げ、周辺の岩肌が蛍光がかった黄緑色に染まって、長年硫黄に晒されてきたのを物語っている。
「うわー」「すごーい」とゴンドラ内から歓声が上がり、皆、スマホで写真を撮っていた。
もちろん私も撮った。


このへんでもう、2800円は高い、という空気は消えている。
頂上までかなり距離があり、長い道のりになったのと硫黄のおかげだと思う。
息子はどうやら鉄塔を一番熱心に見ていたらしい。
大好きなマンガ「ジョジョリオン」で果実鑑定人の「豆銑礼(まめずく・らい)」は鉄塔を住処にしていたし、同じ「ジョジョシリーズ」の「杜王町」では鉄塔自体がスタンド能力を持っていて人間を必ず1人、内部に閉じ込めているという話があるぐらいなので、きっと荒木飛呂彦もSさんのように鉄塔の好きな人で、息子はそこに憧れているのだろう。
「上はけっこう平らでいろいろ置けそうだね」と話しかけると、
「うーん、でもあれは、スキーのリフトや送電線の鉄塔だから、だいぶ違うね」と難しい顔をしていた。

25分かけて終点の桃源台まで着いた。
早雲山から大涌谷、姥子を通過し、曇りだったから富士山は見えなかったが大涌谷の噴煙、芦ノ湖のパノラマ大絶景は見られた。
遠くからでも海賊船のマストが見えていた。
そちらに乗るという案もないではなかったんだが、ロープウェイで正解だと思う。

早雲山には足湯があり、ずいぶん混んでいた。
そもそもあちこちに旗とか小さな鯉のぼりとかを目印に団体さんを引率している外国人ガイドさんを大勢見ることができ、インバウンドの戻りをここでも感じた。

同じコースを逆にたどって麓に戻ろうとしてたら、ロープウェイ乗り口で必死にソフトクリームを食べている外人さんカップルを見た。
たぶんゴンドラ内で物を食べるのは禁止になっていて、「乗る前に食べちゃってください」と言われたんだろう。
仲間の団体客を大勢待たせてしまっているようで、気の毒だがちょっと笑っちゃう眺めだった。

桃源台からはもう、宿に一直線。
実にちょうどいい時間加減で、15時チェックインのところが15時20分ぐらいに着いたんだからまあまあだろう。
慣れない若い2人はベルボーイさんが荷物をワゴンで運んでくれようとするのに驚いていたようだ。
「これは冷蔵物ですか?」と保冷ボックスについて聞かれて、「はい、冷蔵物です」と毅然と答えた私も、そのあとウェルカムドリンクのビールをいただきながら宿の簡単な説明を聞いて膝から崩れ落ちそうになった(座っていたので大丈夫だった)。
ロビーにあるビールやワイン、ジュース類は全部無料だし、部屋の冷蔵庫の中のものも無料なんだそうだ。
なんのために重たい保冷ボックスを家から運んできたのだ、私よ、そしてMちゃんよ。
何も持ってきてなくても、宴会のし放題じゃないか。



Mちゃんとお母さん、我々親子3人がそれぞれ隣同士の部屋に収まって、大浴場に行く頃にはずいぶん落ち着いてきたというのに、きらびやかな内装とか3階の浴室等への渡り廊下の先にあった「スロープカー」でまた心臓がでんぐり返った。
6階のフロントから入り、2階の客室に案内された時は「谷にへばりつくようにして建物があるんだな」と思っては見たものの、3階から1階の大浴場に行くのに建造物の横を斜めにレールが下っており、3人席のある小型のゴンドラぐらいの「斜めエレベーター」みたいな見晴しのいい車内に座ると、するすると扉が閉まって斜め下へ移動を始めるのだ。
この時間帯は2階が男性用大浴場、1階が女性用大浴場になっている。

とどめを刺されたのは大浴場入り口。
小さな冷蔵庫と冷凍庫が置いてあって、冷蔵庫には200ccほどのビール缶とコーヒー牛乳の瓶、冷凍庫には様々な色の棒アイスキャンディーが。
「ご自由にお持ちください」って、どこまで何でもタダにしたら気が済むのか?!
確かに生まれて初めて泊まるレベルの高級旅館だが、ここまでしなくったって。
ほとんど泣きそうな気分になってしまった。

大浴場には誰もいなくて、いくつかの石段で下の露天風呂まで全部で4つの浴槽があった。
やや熱めなので少しぬるい寝湯に入ると、目の前にさわやかな緑色の竹林が広がっている。
一番下の露天風呂からは竹林の向こうにかすかに桜の咲いた山が見える。
絶景なり、絶景なり。

そのうちMちゃんとお母さんが入ってきたので、3人でいろんな浴槽を移動しながらおしゃべりをする。
でも、3人とも温泉が素敵なこと、サービスがいいこと、飲み会の準備はいらなかったわねーって話に終始していた。

家族風呂の時間を2つ押さえてあって、当日可能ならもうひとつ、と思っていたのだが、もういっぱいだそうだ。
Mちゃんと息子、Mちゃんとお母さん、そしてできたらせいうちくと私がゆっくり入る時間を取りたかったの。
まあ部屋にも露天風呂ついてるし、我々夫婦は夜中に露天風呂に入ればいいや。
と話すと、Mちゃんは、
「どうぞ、お父さんとお母さんで入ってください。息子くんと私は…恥ずかしいです」
私「せっかく2人でお風呂が楽しめるチャンスですから」
Mちゃん「家でも入ってますよー」
Mちゃん母「あんな狭いとこで?」
私「そうか、つまり、『あの2人が一緒に入ってるなー』ってまわりが思うシチュエーションでは恥ずかしいんですね?」
Mちゃん「すごく的確に表現してくださってありがとうございます」
ではせいうちくんと私がその時間をもらっちゃおう。

私は先に上がり、部屋に備えてあった手提げかごにコーヒー牛乳2本とビールをひと缶もらって(貧乏性、という)ロビーに上がってみると、息子とせいうちくんがコーヒーとビールを飲んでいた。
19時からはプティフールも出て、食べ放題だそうだ。もう、どんだけ…
私「2人はもう大浴場行ったの?」
セ・息子「うん、行った行った」
私「スロープカー、びっくりしたね」
息子「うん。上までお湯を引くのとどっちがお金がかかるだろうって考えちゃったよ」
(キミもけっこう貧乏性なんだね…)

その後は夕食の時間。
また大浴場に入りに行った私は、待ち合わせのロビーに浴衣姿で意気揚々とオレンジアイスバーをくわえて現れた。
なぜか全員があきれてなのか、あまりに似合い過ぎているためか、「すごい…」みたいにつぶやく空気になっていたのがどうも解せない。
「私があまりに満足そうなオーラを放っていたので、皆さん『ここまであっけらかんと内心が出ちゃう人がいるのか』って吞まれちゃったんですか?」と聞いてみたら、当たらずとも遠からずらしい。
そう言っておくしかないだろうしなぁ。
時々出る「天真爛漫」は自分でもスゴイと思うんだけど、わりと稀で、いつもは自己嫌悪に浸ってるから。

部屋とは別の個室で、奥にMちゃんとお母さんが座り、手前に息子、私、せいうちくんが座った。
和風にセットされた卓を見るなり、
「すみませんっ、スマホ忘れましたっ!」と取りに戻ってしまった。
ここで出るお食事を撮らずにすませたら大後悔だ。

多くは語るまい。
お品書きと写真を見て、皆さんも美味しい気持ちになってください。
1時間半ほどかけて、この美しい懐石風和食を堪能した。




このあとは45分間貸し切りの家族風呂の時間になる。
私は一大決心をして息子とせいうちくんと3人で家族風呂に入るという、息子が中学生の頃網走の露天風呂付個室に泊まった時以来のチャレンジをしてみようと思ったんだが、そして息子も気軽に「いいよー」と答えたのだが、部屋で自分たちの番の時間になるのを待ってる間に息子がやってきて、
「Mちゃんのお母さんが早めに上がっちゃったから、Mちゃんと僕で入りなさいって言ってくれたんだよ。行ってきていい?」と尋ねる。
「えっ、じゃあ、あなたお風呂のハシゴをすんの?」
「お母さんたちと入るのはさ、夜、露天風呂に一緒に入ろうよ。悪いねっ」
浮かれた様子で立ち去った息子を見送り、茫然とした我々。

さて、そのあと我々も3つある家族風呂のひとつに入って、家ではできない足伸ばしを楽しんだ。
家では浴槽に2人は入れるって言っても相当ギリギリだから、たいてい交互に身体や髪を洗うって入り方なんだよね。
45分間、広い湯舟を堪能した。

部屋に戻って、もらってきたワインやビールを飲みながら宴会が始まった。
様々な話をしたよ。
Mちゃんや息子、それぞれの小さい頃の話、我々がほとんど駆け落ち婚をするまでの事情、お母さんの職場の話、離婚して子供2人の世話と仕事に追われている長男さんを家族みんなで支えている話、日本の未来はどうなるのか、安楽死は許されるのか、なぜ日本の人は革命を起こさないのか、なんかもういろいろすぎて覚えてない。

ただ、Mちゃんが時々息子に投げる視線やしぐさが落ち着いていて優しく、「ああ、前よりずっとしっとりしてるなぁ。Mちゃんの方が先に結婚したって実感を持ってるんだなぁ。息子はコドモで、ダメだなぁ」って感想を持った。
やはり女性の方が環境の変化なんかに敏感なのかもね。
息子よ、キミももう「夫」なんだよ。「家庭」を持ったんだよ。しっかりしろ。

2時頃に息子が横に座ってたせいうちくんの耳に口を寄せ、手で囲った小声で「ごめんね、もうねむくなっちゃった」とささやき、他の人たちにも「すみません、飲みすぎちゃって。あー、酔っぱらった」と言いながらエクストラベッドにもぐりこんで寝てしまった。
すぐにいびきをかき始め、時おり布団からのぞいた足先がびくびくっと動く。
Mちゃんが、
「いつもこうなんです。無呼吸になってるみたいです」と言うので、
「睡眠時無呼吸症候群はあまり良くないから、呼吸器科なのか耳鼻科なのかわからないけど、行くように勧めてくれる?」とお願いしておいた。

3時頃についにお開きとなり、Mちゃん母娘もかなりぐでんぐでんの様子で部屋へ戻って行った。
私は執念で、せいうちくんと露天風呂に入った。
息子とは結局は入れなかったが、これでいいんだろう。
ベッドはふかふかで気持ちよかった。
例によってシングルベッド3つのうち1つは使われないで終わるのだった。

23年4月3日

朝は朝食に間に合うよう8時に起きるのが精いっぱいだったが、そこでもまた洗顔がわりに部屋付きの露天風呂に飛び込むのが意地。
昨夜と同じ別室で出た朝ごはんはこれまた見事なものだった。
ワーファリンをのんでいる関係で「納豆、青汁、クロレラが食べられません」というヘンテコな注文をつけざるを得ないんだが、こういう宿で納豆は出ないんだろうな。


チェックアウトの11時まで、昨夜とはフロアが変わった女性用大浴場に行ってみた。
あいかわらずのスロープカーを、今朝は2階で降りる。
せいうちくんから様子は聞いていたが、昨日の女湯の方が豪華だったかも。
それを補うように、こちらにはサウナがある。
2分ほど入ってみて、汗をシャワーで流して水の浴槽に入る。
この瞬間が一番好き。
サウナでのぼせた頭に冷たい血液が一気に流れ込んでサーッと頭が冷える感じ。
何なら一瞬すごく頭が良くなった気がすると言ってもいい。
サウナ後ほどの効果はないけど、家でも夏場はずっとバスタブに水を張って、1日に何回も入っているよ。
「うさちゃんは水冷式」とせいうちくんにからかわれるポイントだ。

またコーヒー牛乳を2本もらって、もうさすがにビール飲む気にはなれないし、もしかしたら私にだって運転手を務める機会が回ってくるかもだからね。
部屋に戻ったら息子はまたベッドに戻ってガーガー寝てた。
その間に再びせいうちくんと露天風呂。
向かいの山の上の方には桜の気が点在している。
一面の桜並木より、ある種風情があると言ってもいいかも。
紅葉の頃に来たら見事だろうなぁ。


Mちゃんとお母さんも二度寝したらしくて11時近くになってラウンジにやってきた。
私はその直前まで露天風呂に入っていて、後ろ髪をひかれまくっていた。
お風呂や喫煙所で会った人の数の少なさからすると「どこにいたの?」と驚くほどの人数がチェックアウトを待っており、手続きがゆっくり進んだおかげでお茶やコーヒーを楽しむ時間がたっぷりとれた。

チェックアウトの時にフロントで聞いてみたら、昨年9月にリニューアルして内装を変えたそうで、道理でどこもかしこもとても綺麗だ。
「紅葉の頃は、早めに予約を入れないと難しそうですね」と尋ねると、
「はい、大変混み合うと思います。お値段の方も少しお高くなっております」だって。
もう一度来てみたかったけど、難しそう。

車に乗って、帰りは息子の運転で一路大宮を目指す。
帰りぐらい家まで送ってあげたい。
おみやげを買いたいと言うお母さんのリクエストを受けて、大きな蒲鉾店に入る。
地下の駐車場も満員に近かったし、売り場も人でにぎわっていた。
月曜でこうなんだから、土日はどんな騒ぎだろう。

かまぼこちくわはんぺんにまったく萌えのない私はさほど興味を持たずに周りを見ていたが、ふと目が止まるのが「わさび漬け」。
昨日の夕食に出ていたのが美味しかったのを思い出し、どうしても買いたくなった。
糖質制限以来ご飯を食べなくなっているんだが、たまにはご飯ぐらい食べたっていいじゃないか。
せいうちくんにそう言うと、
「じゃあ、ついでにこれも」とイカの塩辛を指す。
否やのあろうはずもなく、ついでにおはぎまで買い込んだ。
旅行で完全にタガが外れている。

レジで会ったお母さんもたくさんの荷物を持っており、孫たちや勤め先の人たちへのおみやげなんだろうなぁ。
高速は空いており、順調に14時ごろお母さんの家についた。
このあと若夫婦を大宮に送る、と言うと、お母さんは先ほどの買い物の山から大きなシフォンケーキが入った紙袋を取り出した。
「今回は本当にお世話になって。なにもかも準備していただいて、本当にありがとうございました。これからもよろしくお願いします」と頭を下げてくれたお母さんに、こちらも恐縮して頭を下げる。
次に会うのは秋の結婚式、沖縄でのことかもしれないけど、連絡取り合いましょうね!

車に4人になって、Mちゃんに、
「シフォンケーキ、とっても大きなのもらっちゃったから、食べきれないの。半分もらってくれる?」と頼む。
「え、いいんですか?」
「うん、家まで送ったところでちょっと切ってきてくれると嬉しい。周りの紙ごと切っちゃっていいから。ハサミ使うといいかも」と言ってるうちに何度か来た彼らの家近辺まで到達。
Mちゃんはすぐにシフォンケーキを持って階段を駆け上がり、せいうちくんは息子と、
「トイレ借りられたら嬉しいんだけど」
「もちろんいいよ」
「ちょっとMちゃんに声かけてよ。びっくりさせちゃう」
「わかった」と話してトイレを借りに上がって行った。

「楽しかったね」と息子に言ったら、
「うん、楽しかった」と笑っていた。
そう言えばずっと機嫌がよかった。
長い激しい反抗期以来すっかり息子が怖くなってしまい、今でも機嫌が悪くなったらすぐにそこまで戻るんじゃないかと思っている。
それに、症状が重くて薬を多用していた頃、小学生だった息子が「お母さんといる時間が不安で怖かった。お父さんが返ってくるのを待っていた」のだと最近になって聞かされ、息子のトラウマになっているのではないかと心配でたまらない。
「もう平気だから言えるんだよ。僕なりに消化したよ」と言ってくれる彼だが、私は彼の人生のある時期を不幸にしていたんだ。

今、何をしても取り返せるとは思わない。
私自身、息子が怖いので心から好きかどうかわからない。
Mちゃんに、
「息子くんはお母さんのこと、大好きですよ。いつも言ってますよ」と言われたり、お母さんから、
「男の子はみんな、お母さんが大好きなものなんですよ。息子くんだって、大好きに決まってますよ。そうとしか見えないじゃないですか。あんなに優しくて」と言われても、何もかも腑に落ちない。
こんな楽しい時間を共有してもダメだなんて、私はどこまで欲張りなんだろうか。

息子たちから前に借りた「王様ランキング」、読み終えたので温泉旅行を機に返した。
12巻と13巻、15巻が欠けていたのを買って足しておいたから、彼らも喜んでくれるだろう。
読んでみてしみじみと感じるのは、今の若者が優しく、繊細で、人の心を思いやれる人たちだということだ。
SFでドラえもんだった頃より、王様でファンタジーな今、彼らは信じあうこと、助け合う事をさらに大切にしていると思う。
日本は、昔ほどの繁栄はできないかもしれないけど、小さなコミュニティーに分かれてお互いに思いやって過ごすことができたら何よりだろう。

手を振る若夫婦をバックミラーで見ながら、ぶわっと泣き出してしまった。
私の扱いに慣れているせいうちくんは、
「うさこはよくやったよ。いろんなことのあった社交月間を、よくのりきったよ。おうちにかえってごろごろしようね」と慰めてくれた。
本当に、いろんなことがあったなぁ。
なぜか一番印象に残っているのは「どうぞご自由にお持ちください」のコーヒー牛乳だったりするのだが。

23年4月7日

名古屋の友人Cちゃんが、前から予定していた女子会を開いてくれることになった。
GW中だからついでに旅行に行こう。
「置いて行かないでー」と嘆願するせいうちくんと一緒に、4日と6日に新幹線をとり、ホテルを2泊とった。
4日の昼に着いてホテルに荷物を置いたら、Cちゃんが香嵐渓というところにドライブ連れて行ってくれることになっている。
家族旅行で何度か行ったような気がして、とても懐かしくなったので頼んでみたのだ。
その後はCちゃんの家でお茶を飲み、何度か連れてってもらった行きつけのイタリアンに行ってディナー。

2日目はCちゃんちで女子会。
これはせいうちくんが来るわけにいかないので、ホテルで留守番になりそう。
彼はその間に繁華街の古本屋に寄っていろいろ漁って楽しんでるからいいと思う。
女子会のお土産のために、息子妻Mちゃんのお母さんにロゼのかわいいスパークリングワインを選んでくれるようお願いしてある。
お母さんは百貨店のお酒売り場に勤めていて詳しいのだ。
ワインの好きなCちゃんも喜んでくれるだろう。

その翌日はまたCちゃんがドライブに連れてってくれる。
今度は明治村という愛知県犬山市の名所。
名古屋の子はみんな遠足でいっぺんは行ったことがあると思う。

3日間も使ってこんなにおもてなししてくれてCちゃんには感謝の言葉も見つからないのだけど、
「いいのよ、あなたたち、わざわざ名古屋まで来るんじゃないの。おもてなしさせて」とすっぱり言ってくれるCちゃんは実に「侠(おとこ)」らしい。
今回もお世話になります。

【車中泊2日目・23年3月15日】

車中泊第一夜が明けた。早起きして布団を片づけ、元の通りに後部座席も作ってさあ出発。
Gくんは、「おまえら、眠れたか?3人で車中泊はあり得ないってわかったぞ。狭すぎて寝返りも打てないじゃないか」と改善意欲が大きく燃え上がっていた。
「私たちはぐっすり眠れたよ」「あんなによく眠れたのは久しぶりだ。朝起きたらうさちゃんがポカポカしていて気持ちよかった」と勝手な感想を述べる我々に、「抱き合ったままひと晩中寝がえりしないのか。寝返りせんで眠れる人間がいるとは信じがたい」とぶつぶつ言っていた。
「わしのいびきはうるさくなかったか」と気にしてくれるのも可愛い。
確かに、即寝落ちしたGくんからはものすごい音が響いてきていたし、言われてたからいびき・はぎしり対策に耳栓用意してたけど、よほど気持ちよかったのだろう、「聞こえるねぇ。すごいね」とは言い合ったものの全然気にしないで熟睡していた。

しかしGくんがガッツレンタカーで調達した軽バンの物凄さよ。
ドアが閉まっているかどうか通電で知らせるためなんだろうが、ごついボルトが2本出ていた。
普通の乗用車だったらもっと安全で目立たないつけ方をしてあると思う。
後部座席に乗り込もうとした時に「ガリッ」と思い切り引っかけ、たいそう痛かった。
手探りしてみると寝る時用のいい加減なズボンと、中のパンツまで裂けている。
もちろん私のお尻も裂けていたであろう。
せいうちくんに外観を確認してもらったら、「パンツが暗い色だから目立たない。大丈夫!」とのことなのでそのまま乗り込んでドライブに。
しかしお尻にでかいかぎ裂きがある状態で、ジェルクッションを貸してもらってるとは言え座りっぱなしはキツかった。

朝食調達のために寄った道の駅は工事中で、仮設トイレになっていてちょっとためらった。
しかし、入って見たらなんと仮設トイレなのにウォシュレットがついていた。
ここまでの旅でお尻が困ったことは一度もなく、日本のウォシュレット完備率は高いなぁと素朴に驚いた。
かなり田舎の道の駅だって、多機能トイレにはウォシュレットがついているんだぞ。
で、当然多目的トイレの鏡でお尻を見てみたら、長さ3センチほどの深い切り傷がついていた。

海辺に停めて各々勝手に海岸を散策する。大きなエビの頭の殻を見つけた。赤いってことは誰かが熱を通した、つまり食べたんだろうな。

せいうちくんと合流して歩いてたら、ロマンチックな小さな入り江様の場所を発見。
岩に取り囲まれて綺麗な海水が小さな波を作っている。
「35年前だったら『わぁ、素敵。ここを私たちの秘密の入り江にしようね。名前つけちゃったりして』とか言ってたんだろうね。今でもあなたのことは好きだけど、そこまで酔うのは無理、ってのは歳のせいだろうか」と言ったら少し悲しそうだった。
自分だって入り江に名前つけないじゃないか!


房総半島を南に進んで、何だか見覚えのある景色のところに出た。
5年ぐらい前、房総が好きなKくんから教わった「魚が美味くて量が多いので超有名」な「おさかな倶楽部」というお店に続く道だ。
「わしは待ったり並んだりしてまで飯を食う趣味はない」と抵抗するGくんを懐柔しつつ駐車場に行ってみたら、9時5分前で、ちょうど9時から名前を書くボードが出ると表示されている。
「この時間にここを通っちゃったら、行かずにはいられない」と我々が主張するもんだからGくんも折れ、ボードに名前を書いて、さて10時45分に戻ってくるよう言われたんだが、それまでどうやって時間をつぶそうか。

Gくんは「並んでまでモノを食うやつの気が知れん」とかなり大きな声で不平を鳴らしていたが、そのへんをドライブしたり海辺を見たりしている間にあっという間に1時間45分が経った。
前はウェイティングボードすらなく、2時間前から並んでそれでも2番で、暑い中かろうじてゲットしたベンチに座り込んで待っていたものだ。
お店の待たせ方の改善、そしてやはり平日なのがありがたい。

3番目、ということで案内されて入ると、変わらぬデカいテーブルと正面にでかでかと貼り出されたその日のメニュー。
獲れる魚によってメニューが変わるのは漁港の食堂のお約束か。
2食、5食、とか書いてあるメニューもあり、その日の「1食限定」はキンメダイの煮付け定食であった。(注文が出て、高いとこのメニュー板に手慣れたしぐさで棒を使って「売り切れ」の黄色いマグネットみたいなのを貼るおばさんの手際の鮮やかさか、キンメダイを食べる度胸と財布のなかった人たちの羨望か、店内が一瞬どよめいた)

Gくんにはわざわざ寄ってもらったので奢ることにし、彼は「まかない丼」を選んだ。
せいうちくんは「まんぷく定食」(サバの味噌煮、マグロメンチカツとアジフライと刺身がつくのだ)、私は「ムシガレイ姿煮定食」で、刺身三種盛りがつく。
オーダーの時、間違えて読んで「ムツガレイ」と言ってしまったので現場に小さな混乱を呼んだ。
ムシガレイなんて聞いたことなかったんだよぉ。
前に来た時より盛りが小さくなっている気がする。
こんなところにもコロナの影響が忍び寄っているのだろうか。

「『ここ、美味しいの~』とか言って並ぶヤツらの気が知れん」とは言いながら、Gくんもまかない丼には驚いていたようだ。
たぶんいわゆる「海鮮丼」ではなく、あふれるようにフライなども乗っていたせいだと思う。

房総半島の先端を通ってフラワーロードと呼ばれる場所に行ったり(花は全然咲いてなかった)したあと館山城に行く。
ここは「八犬伝」が売りらしく、現代風なマンガ絵でキメ顔したヒーローたちがカッコよかった。
「そうか、八犬伝って今で言うジャニーズ的な集まりだったんだ。8人もいるから推しには困らない。『いざとなったら玉を出せ』って主題歌も裏にはBLが隠れているのかも…」とせいうちくんに言ったら、「キミも相当BL脳になってきたね」と困られた。
そのせいうちくんは一角に置かれたテレビ「新・八犬伝の初回」をずっと流しているのを半分ぐらいは見たようだ。
根が生えたように動かなかった。
その間にGくんと私は天守閣に登り、「うーん、城主さまってのはこういう気分か」と吹き抜ける風を満喫した。


実はこの天守閣は元々の山城にはなかったもので、あとから観光客を誘致するために「いかにもお城っぽくした」ため出来上がったものだと知る。
知っても嬉しくない類のことであった。特に一生懸命登ってみたあとでは。

「辻村ジュサブローは凄い」とかうわごとのようにつぶやくせいうちくんを車内に押し込み、次に行こうと車を走らせていたら、やたらに見るのが「ODOYA」の看板。
「おおどや」と読むのか「おどや」なのかわからない。
「千葉にはすごく多いぞ」とGくん。
これまたよく見る「コメリ」という看板は農家用のホームセンターで、イセキの早苗とかも売ってるのかもしれない。
土地柄によってお店も違うもんだなぁ。

Gくんは灯台を見るんだと言い張って海辺に車を停める。
やけにロマンスの雰囲気が漂ってると思ったら、竹野内豊が昔出た「ビーチボーイズ」ってドラマの舞台になったところだそうだ。
小さなアーチに真っ赤なハートがぶら下がっており、カップルがそこで写真を撮るようだ。
もちろん我々もGくんに撮ってもらった。
美しいビーチには何やら物憂げなイケメンがひとり砂に足跡を記しながら散策しており、Gくんによれば「あれは、ドラマのファンが見に来てるんだ。聖地巡礼だ」とのこと。


今日はもうお昼はおさかな倶楽部でがっつり食べてしまったから、とそれぞれ好きなものを大きなスーパーで買い、そろそろ夜の寝場所を考える。
車中泊の夜は早いのだ。ところが今回は優しい師匠が配慮してくれたらしく、快活clubという施設に泊まるのだそうだ。
要するに漫喫のゴージャスなやつだった。
12時間いられるように計算し、そのうち5時間はカラオケに使い、と師匠が頭をくるくるとめぐらせてくれた計算に乗って、まさか車中泊の旅の間に楽しめるとは思ってなかったカラオケに興じる。

普段は長老の命でアニソン縛りが多いため、Gくんはコミカルな裏歌とかばかりウあっていたので気がつかなかったが、吉田拓郎の「落陽」とか中島みゆきを歌うGくんはかなり歌が上手いのだった。
魂がロックだと感じた。すべてのフレーズがシャウトだ。

漫喫みたいな快活clubでは通常スペースは天井あたりがスカスカに開いているので中でのおしゃべりは禁止。
しかし昨今のテレワークスペースを考慮してか、個室というものが発生したそうな。
別料金を払って、カギのかかるスペースに入ると個室が並んでいる。
もちろん各扉にカギ付き。
180度リクライニングする椅子の部屋と、床全体がマットのようになった個室とに分かれている。
カラオケをしながらスマホでその店の情報を調べていたGくんが、「おい、思わぬことに個室が満員だ。これまでそんなことなかったんだが」と言う。
今夜は平たい柔らかい空間で2人きりで眠ることを夢みていた我々は焦る。

すると、「お、今ひとつマット式の個室が空いた」と報告が。
個室に移るにはカラオケスペースを完全に退出して個室を取らなければならない。
「すぐに個室取らせてくださいよ」と懇願する我々に、たった今新しいビール缶を開けてイカフライをつまんでいたGくんは機嫌が悪い。
「どうしておまえらはそう一緒に寝ようとするんだ。わしはおまえらにスタンダードな漫喫を体験してもらいたくて、椅子席で寝てもらいたいのに」と嘆く。
それでももうひとつ椅子席の個室が空いたのをスマホで見て、しぶしぶ立ち上がり、カラオケルームを出て部屋の移動をしてくれた。

1~2名用、と書いてあるマット式の部屋も、2人で使おうと思えば2人分の料金がかかるんだろうな。
ならばいっそ、と椅子席の個室とマット式の個室、両方を取った。
結局椅子席の方は荷物置き場ぐらいにしか使わなかったが、マット式の方は寝心地がよく、快眠できそう。
一般の天井筒抜けのブースをひとつ取ったGくんを呼んで部屋の中を見学してもらった。
なにせカギで分断されている区画で、日頃は個室になんか泊まらないGくんには面白い見ものだったらしい。
漫喫は宿泊施設としての許可を得ていないので、あくまで休憩・一時いるだけ、の場所という建前だ。
なので、寝る時にかける上掛けは毛布ではなく「ひざ掛け」で、「いくらでも使ってください」とすごい枚数置いてある。
薄い「ひざ掛け」を何枚もずらしてかけてやっと寝具として機能する。
枕も同じで、直方体のソレはあくまで「ひじ掛け」であって、決して枕ではない。
法の目をくぐる漫喫の厳しい日々を目の当たりにしてしまった。

Gくんに我々の個室で少し飲んでいきなよ、と声をかけたが、「いや、やっぱりルール上やっちゃいかんことをやってると思うと落ち着かん。わしはわしのスペースに戻る」とすぐいなくなってしまった。
「見学」だけして気が済んだらしい。
「空いていれば15分を目安に使っていい」シャワーをそれぞれ浴びて、今日のところはお休みだ。
異常な状況下でせいうちくんとぴったりくっついているとなぜこんなによく眠れるのだろうか?

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