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「もう考えるのやめなよ」
シャンプーに混ざって漂ってきたのは寝る前に舐めたキャメルのメンソールだった。馬鹿げている、うわがきをくり返すから子供のままで、ハードだけすり減ってやがて死ぬ。

朝の体調のわるさを知ってほしくて、ブルゾンの袖にすがりながら満員電車に揺られる。そうすればするほど悪化した。うしろめたい気持ちがあったからだ。
では、あの人の手にすべてを委ねて赤ん坊にもどったような心地だったのはなぜだろうか、心底愚かである。死に近いからか? あの人は死に近いから平気で、この人は死より遠いから、うしろめたいのか?
ちがうとおもう、あの人のことはぼくがいくらどうしたってぼくのものになることはないから、だから安心していたのだ。
この人はこれからまだいくらでも判断を誤る機会が残されているから疚しい。

「まだ最悪な気持ち?」
「はい」
「いまので少しはましになった?」
「うん」
その瞬間だけは我を忘れたが、ぼくのしていることは変わっていない、最悪なままだ。ハードを変えないとこれ以上のパフォーマンスは望めない。人生。

機械のことはあたりまえに性能をいうくせに、人間の性能については結果を見たあとでだけ口に出すきまりがある。ほんとうは生まれたときに決まっているのに。我々は個々それぞれが地球に造られた端末に過ぎない。地球にとっていいことを選択するのが我々の役目だ。人間の道徳では悪いことも、地球にとってはいいことだったりする。

でもぼくはというと、
だからこそぼくは、

家に帰ればポケットから緑のらくだをとりだして、四角さにうっとりする。朝陽を反射する美しいボックスケース。ゆっくりやってみる。新しい最悪な朝。知らないシャンプーのにおいと混ざりながら一日中香った。
キャメルの四角さはお菓子の箱の楕円となだらかにぶつかり、重なる。

好きな子に渡すはずだったものを返されたので私にとあの子がくれた洋菓子。コアントローなどを砂糖菓子でコーティングした、気持ちの結晶のようなお菓子です。

好きな子に渡すはずだったものを、私が食べる。
好きな子に渡すはずだったものを、私が食べる。

からだを書き換えるには?

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