流産しました @備忘録(6/7)

備忘録5の続き

◆手術翌日

夢を見た。
会社でデスクに向かっていたら回覧が回ってきて、そこに仲のいい後輩から「妊娠しました!」という報告が書いてあった。
向かいに座っている男性社員が驚いて、たまたま近くを通りかかった夫に「〇〇さん、妊娠〇ヶ月らしいっすよ!」と大声で話しかけると、夫は「知っとるわ!」と一喝して仕事の指示を飛ばした。私の前で余計なことを言うな、という空気に黙っていると、場面は変わり、友人の家。
中学、高校、大学の友人5人から次々に「妊娠した!」と直接報告を受けたり、メールが来る。
嬉しそうに笑う友人全員に「おめでとう」と笑顔で祝福した。
でも心の中は、叫びだしたいくらい搔き乱された。
「みんな私より後に結婚したのに、みんな私より先に妊娠したんだ」

そう思った瞬間、目が覚めた。
涙が止まらなくて、ああ、だいぶメンタルやられてるなと思った。
隣で眠る夫には黙っておいた。

妊娠が発覚する前からあった下腹部痛はなくなっていた。
あれだけ辛かったつわりもなくなった。
久しぶりに体調がよかった。
ただ、安静に寝ていないと子宮が痛くなって、出血もあったので寝て過ごすことにした。
時折、手術のことや誰にも祝福されなかった短い妊娠期間のことを考えて泣いた。
気を紛らわすためにひたすら「あつ森」をしたり、使っていなかったTwitterのアカウントを胞状奇胎の情報収集用アカウントにして、同じように流産したり胞状奇胎の疑いで検査結果待ちの人をフォローした。術後の不安を共有できて少し落ち着いた。
つわりで酸っぱいオレンジジュースばかり飲んでいたのに、受け付けなくなってこの日から甘いリンゴジュースばかり飲むようになった。


◆手術後2日目
夫のお弁当を作っていると、子宮が痛みだして立っているのがつらくなったので最後まで作れなかった。すっからかんのお弁当箱を持って出かける夫を見送り、申し訳なさを感じつつベッドに戻ってあつ森。
あつ森でひたすら島クリエイターで地形とか住人の家の場所とか考えを巡らせていないと、ふとした瞬間に手術室で麻酔が切れて目を覚ました瞬間と、あの激痛が蘇って涙が出てしまう。
出血が少し増えた。通常であれば処方される薬が、副作用で喘息の発作が出るとのことでキャンセルになっていたので、不安。
つわりの吐き気がなくなったので、久しぶりに好きなものをお腹いっぱい食べてやろうとやけ食いをしようとしたら、やっぱり子宮が痛み出したので結局食べれなかった。


手術の後は2週間はシャワーのみ、夫婦生活(つまり性交)は禁止としか言われていなかった。
なのでいつまで安静にしていればいいのかよくわからないままだったので、いけないとはわかりつつもまたTwitterやネットで検索した。
どこかの婦人科のHPに術後2日は安静にとあった。Twitterのフォロワーは3日目くらいで仕事復帰したらしい。
出血は相変わらずあったし、料理や洗濯をするだけで子宮の痛みが出たので最低限の家事以外は寝て過ごすことにした。

◆手術後3日目
手術から3日後、銀行に行く用事があったので夫に車を出してもらい、帰りにスーパーに寄った。
子宮の痛みはだいぶ引いたけれど、まだ長時間動くのは無理そうだったので、料理の時間が短くて済むように冷凍食品やレトルト、野菜を加えて焼くだけ系のヤツを買い込むことにした。
カートを押して商品棚を見て回っていると、5分ほどで徐々に子宮の痛みが出てきた。急いで終わらそうとしたが、あっという間に立っているのがつらい程の痛みになった。

夫にカートと財布を渡して、スーパーの1階にある休憩スペースで休もうと向かったが席は満員。レジはかなり混雑していたし、立ったまま待つのはつらかったので2階の休憩スペースまでエスカレーターでなんとか上がったが、普段通路に並んでいる椅子がすべて撤去されていた。まさか、と思い休憩所まで行くと、事件現場か!と言いたくなるような黄色い規制テープと「コロナウイルス感染症予防のため休憩スペースを封鎖しております」の文字。
まじか。慌てて同じ階にあるカフェへ行くと「CLOTH」の看板と「コロナウイルス感染症対策のため営業時間を短縮しております」の張り紙が。

ピンチだった。子宮はズキズキと傷んで脂汗まで出てきていた。
夫から車の鍵を預かって先に乗っていれば良かったとそこで気がつき、フラフラの状態でエレベーターに乗り込み、1階の食品売り場に戻るとちょうど休憩スペースの席が1つだけ空いたのですかさず座る。セーフ。帰ったら出血が増えていて、そのまま寝込んだ。

術後の経過は個人差有り。体力を過信するべからず。


◆手術後1週間、検診

手術をした病院に術後の検診に向かった。
手術で摘出した細胞の病理検査の結果を聞くことになっていた。
手術をするまでは、急に大出血して自然流産が始まるんじゃないかとか、手術が怖いとか、そんなことをずっと心配していたけれど、手術が終わってからは胞状奇胎だったらどうしよう、繊毛癌だったらどうしようと、不安でいっぱいだった。

1週間前は手術のことで頭がいっぱいで、夫になぜ手術が必要になるのか(胞状奇胎疑い)を説明していなかったので(そもそも最初の病院では説明がなかったし、大学病院ではホウジョウキタイが何なのか詳しい説明がなかった)、手術後の結果は一緒に聞いたほうがいいだろうと夫は仕事を休んでくれた。

検査結果を聞きに行く日、午前の一番時間に予約が取れていたので、時間の15分程前に病院につき、退院時に渡されていた予約票を受付に渡すと「採血は済まされましたか?」と言われる。よくよく票を見ると、採血の指示が書いてあった。
予約時間に採血を済ませておかなければならなかったのかと慌てて採血室へ行き済ませると、そこから採血の結果を待つために1時間待つ羽目になった。

夫は病院が早く終われば午後から出社する予定だったが、丸1日休みになってしまった。
申し訳なさを感じつつ、退院する時に、確かに予約時間に受付へ行くように言われていたはずだか……と不思議に思いながら待合で持っていると、今度は外来の看護師から「コロナの関係で、旦那さんの付き添いは出来ないことになっているんです」と言われる。
これにはさすがに腹が立ち、退院するときに検査結果を夫と一緒に聞きに行く旨を伝えてあったと説明すると、先生に確認してきます、といって診察室に消えてしまった。

看護師が戻ってくるまで「なんでこんなに事前に確認したことと違うの?」と腹を立てていると、私たちの後から子供連れの夫婦がやってきて、旦那さんが子供を連れて少し離れた休憩室にいる、と離れて行った。
「同じようにしよう」ということになり、夫は一旦少し離れることにしたが、そこに先ほどの看護師が帰ってきて「先生が診察中で話を聞けないので、ひとまずこれを持っていてください」と許可証と書かれたネームホルダーを渡されたので、夫にはそれを首から下げて少し離れた休憩所に行ってもらった。

1時間ほど経ち名前を呼ばれたので、夫を呼んで一緒に診察室にむかう。先に入った看護師が「旦那さんと一緒に検査結果を聞きたいとのことなのですが」と言い「いいよ」と医師の返事が聞こえたので一緒に入った。(血液検査の結果待ちの1時間、ずっと確認できなかったのか……)

診察室に入り、内診と簡単な問診(出血はどうか等)があり、すぐ近くに待機していた夫を呼んで血液検査の結果と一緒に病理検査の結果を聞く。
結果は問題なし。稽留流産だと診断された。
hCG値も下がっていて問題はないとのことで、再手術の必要もないだろうとのことだったが、1月後にもう一度血液検査をして終わろう、と言う話になった。

1月後の検診までに生理が来るかもしれないが、その生理が終われば妊活を再開させてもいいと説明があった。
病院によっては3回は待つようだが、この病院では1回でいいとしているとのことだった。ただし、1回は必ず見てからでないと、妊娠した時に妊娠週数の計算が曖昧になり、「この週数にしては大きい/小さい」とか、そういう判断が難しくなるとのことだった。

気になることをいくつか聞いて、この日は終了。
帰りに次回の予約票を出すとのことで1人で待合で待ち、受け取るときに「予約時間には採血を終わらせてから来たほうがいいですか?」と聞くと、「採血は8時から出来るので、先に行ってもらっても、受付を済ませてからでも大丈夫です。どちらにしても血液検査の結果が出るのに1時間半くらいかかるので、予約時間の前に採血をしておくのがいいですよ」と言われる。
その説明、一番最初にしてほしかった。


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