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私は何者にもなれない

家にまっすぐ帰らず書店に立ち寄る。

答えを探している。

棚にびっしりと並ぶ本をぼうっと眺める。

おなじみの雑誌をぱらぱらとめくる。新作の小説コーナーに目をやる。エッセイ集を読み漁る。


「そのままでは幸せにはなれないよ」

そう優しい目で語りかけてきたあのひとは大人だ。私よりもはるかに多くの社会経験と人との出会いを根拠に、幸せの見つけ方を教えてくれた。それでは危険だ、自らの人生設計こそが大事なのだと、教えてくれた。僕と同じ苦しみを君には味わってほしくないからさ、と。その通りなのだろう。きっと、あのひとは正しい。私はこのままでは幸せにはなれない。


しかし私は何になりたいのか。いや、なりたいものなど特にない。

何年後に何をしていたいのか。いや、特に。その時に楽しく働いて生きていれば良い。

音楽を聴きながら散歩をし、珈琲を淹れて飲む。そんなゆったりとした時間があれば、十分満足だ。。


だが21歳の私は、そんな心持ちの人間が何者にもなれないことを知っている。だから、

何者にならずとも生きていける手段を探っている。どうにかプライドを壊さぬように、自分を納得させて生きる道を探している。そうすることでしか今をやり過ごすことができない。

夜明け前、誰にも気づかれぬよう空気を縫って移動する蜘蛛のように、今日も、そしてきっと明日も、書店へ立ち寄る。答えを探す。棚にびっしりと並んだ本をぼうっと眺める。

数分後、私は肩を落として帰路につく。


答えは見つからない。本は私の人生を決めてはくれない。

私は今日も何者にもなれない。