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「子持ちの女医は完璧な医者になれない」に対する、5年越しの反論。

こんにちは。女医ワーママのあおです。


「ガラスの天井」や「マミートラック」という言葉があります。

男性と同じ学校を出て、就職して、働いていたのに、気が付いたら目の前には壁がある。性別や出産で、思っていたのと違う道が用意され、歩かされている。
そんな経験をされた方は、多いのではないでしょうか。


タイトルに書いた言葉。

「お母さんをしながら、完璧な医者にはなれないよ」

というのは、実際に私が言われたものです。

当時、私は研修医二年目。26歳で、夫と結婚したばかりでした。
新しい科に配属されて数日。その科の部長が唐突に、その言葉を私に告げました。

それは、いきなり張り手を食らわされたような、衝撃でした。

私は突然のことに、とても驚きました。なんと答えたら良いかわからず、曖昧に笑って、その場をやり過ごしたように思います。どこか「してやったり」という気持ちがにじみ出ていた、部長の言葉。その言葉は、根深く私の心に刺さりました。

なぜ部長は、あんなことを言ったのだろうか。
出会って数日の部下に、何を伝えたかったのだろうか。
完璧な医者とは何なのだろう。
お母さん業との両立とは、いったい。

疑問は尽きず、同時に、私は無性に腹立たしくもありました。

なにか、違うような気がする。
なにか、訴えたいことがある気がする。
けれど、それが何なのかわからない。

モヤモヤを抱えたまま、私は二ヶ月の研修を終え、その科を離れました。
このことは忘れてしまおう。そう考え、心の隅に押し込めることにしました。


ですが先日、ワーママはるさんのVoicyを聞いて、ふと、この経験を思い出したのです。

そして頭に浮かんだのは、当時はできなかった、部長への反論

五年越しになりましたが、綴っていきたいと思います。



普通の門とピンクの門


『普通の門とピンクの門』という言葉があります。

これは、ブロガーのちきりんさんが2014年に述べられていたものです。

『普通の門とピンクの門』 - Chikirinの日記

人は、ある瞬間まで男女の区別なく、同じように扱ってもらえる。
「男だからこっち」「女だからこっち」とは言われない。

けれどある瞬間、「女だからダメ」と止められる。

目の前にある『普通の門』には、男しか行けない。
代わりに『ピンクの門』が差し出され「女の子はこっちよ」と言われる。

言われるがままにピンクの門を歩いていく。
そこは確かに舗装されているけれど、この先にあるものはなに?
なぜ女は『普通の門』を進んではいけないの?と疑問が出てくる。

時間が経つにつれて「私も普通の門がいい」と、『普通の門』を目指す女性が増えていく。そして徐々に、『普通の門』を歩く女性も現れる。

でも『普通の門』を進む女は、なぜか男以上の実力を求められる。
普通の男は、男であるだけで『普通の門』を歩けるのに、なぜ女は普通ではダメなのか。どうして隣を歩く男に「いいよな、女は」と言われなければならないのか。

男女雇用機会均等法から30年。
『普通の門を進む女性』が出てから、30年。

いまだに日本のトップは、99%が男性。
30年経ってもまだ、『普通の門』を歩く女性は、トップにたどり着けていない。

そんなことが書かれていました。



女の医者なんて、この世に存在しなかった。


私はこれを読んだ時、医者の世界そのものだ、と思いました。

日本で初めて女性医師が誕生したのは、今からたった100年前。
医師国家試験の女性合格率が30%を超えたのは、1998年のこと。
つい20年前まで、女医というのは極めて少数でした。

医師になるという『普通の門』を、女性は長く、選ぶことができませんでした。
それでも勇気ある先人たちがその門に果敢に挑み、その道を歩きました。
一部は『普通の門』で戦い抜き、一部はそこから離れて『ピンクの門』に活路を見出し、そして一部は、失意の中で去りました。

男社会に果敢に挑み、キャリアを全うした女性。
時短勤務で、家事育児を一人でこなす女性。
医師である夫と、同じように働けない女性。
医師免許を持ちながら、主婦になった女性。

女の医者がこの世に存在しなかった時代に、多くの女性たちが『普通の門』に挑み、それぞれの活路を見出していました。



男の医者は、普通の門を歩いている。


女性医師が『普通の門』『ピンクの門』『脱落』のいずれかに振り分けられた一方で、男性医師には『普通の門』しかありません。


「お母さんをしながら、完璧な医者にはなれないよ」


と言った部長は、男性でした。
そして彼は、自分ひとりの力で『普通の門』を歩いているのだと信じていました。
実際は、妻が家事育児を一手に担って支えていたことや、男性であるがゆえに理不尽な差別を受けなかったことには、気付いていなかったのでしょう。

自分だけの力で、立派な、完璧な医者になった。

それが、部長の自信であり、プライドでした。
だから新米の、これから出産をするかもしれない”若い女医”に一言、物申したくなったのだと思います。

結婚して、子供を産んで、それでキャリアも積みたいって思ってるんだろう。
でも、子どもを育てながら医者なんてできやしない。
そんなに甘いもんじゃないんだよ、お嬢ちゃん、と。


小馬鹿にされたんだと、今ならわかります。



そんな下らない門、朽ち果ててしまえ。


医師が『お医者様』と呼ばれる時代は終わりました。

医者なら長時間労働当たり前。
時短勤務や定時退社、あるいは当直をしないなんて生き方は、女のもの。

医者は妻に家事育児をすべて押し付けて、仕事だけをしていればいい。昼も夜もなく働いて、36時間勤務も当たり前。その代わり、それに見合うだけの報酬や、地位や、名誉が与えられる。


そんな時代は、もう、来ません。来なくていい。


男性医師も気付き始めています。
こんな働き方、とても身が持たない、続かない、と。
当直をせずにすむなら、あるいは長時間労働をせずに済むなら、そうしてほしい。

それまでは下に見ていたはずの『ピンクの門』が、羨ましくなる瞬間が、彼らにもあります。その方が、より健全な人生なんじゃないかと、思い始める男性もいるでしょう。


人間らしい生活のできない『普通の門』なんて、朽ち果ててしまえ。
私は、そう思います。



五年越しの反論。


「お母さんをしながら、完璧な医者にはなれないよ」


これを言われてから五年。
私は31歳になり、母になりました。

産後一年。
出産した女医が働き続けることは、こんなにも難しいのか。嫌というほど思い知らされた一年でした。そしてこの一年、私は必死に、抗いながら生きてきました。


だからこそ、今、ようやく、反論ができそうです。


「今の先生の言葉に対して、申し上げたいことが3つあります」

「第一に、出産について言及されるのは不愉快です。セクハラにもなりえる発言です」

「第二に、完璧な医者とは何ですか? パートナーに家事育児を全て押し付け、自分は仕事だけしていればいい。一週間に何回も当直して、夜通し働いた後に手術をするのが当然、むしろその方がカッコいい、というのが完璧な医者ならば、私はそうはなりたくありません」

「第三に、私はすべての患者さんに誠実に、医師としての倫理観と責任感を持って仕事をしています。そこに、婚姻や出産の有無は一切関係ありません」


たぶん、これくらいのことは、言えると思います。



『普通の門』と『ピンクの門』を眺めながら、『第三の門』を探す。


私は出産をして、フルタイムかつ日直ありという『普通の門』に近いの仕事をしています。

でも決して、『普通の門』を歩きたいのではありません。
むしろ、それとは違う道を歩きたいと思っています。
『普通の門』と『ピンクの門』を見ながら、『自分だけの門』を探していきたい。

誰かが作ったレッテルや、誰かが舗装した道を歩くのではない。
草を刈って、アスファルトを流し込んで、『第三の門』を歩いていきたい。
そして私が歩いた軌跡を誰かが見て、何かのヒントになればいい。
たとえ途中で失速しても、止まったとしても、自分が生きた証をしっかりと残したい。かつて『普通の門』『ピンクの門』を切り開いてきた先人たちのように、私も何かの門の一部になれるのだと、信じています。


今、これを読んでいる女性医師や女子医学生がいたとしたら、どうか、最後まで生き抜いて、と伝えたいです。

かつて、男にしか許されなかった『普通の門』を目指した女性がいました。

普通の門を歩き切った女性も、ピンクの門を選んだ女性も、そして医師をやめた女性もいました。でもそれぞれが自分の人生を全うして、今の私たちがいます。

彼女たちが生き抜いたから、普通の門が女性にも開かれました。
彼女たちが医師としての自分を諦めなかったから、ピンクの門もできました。

だから今、私は「女でも医者になれる」「医者の生き方はひとつではない」ことを知っています。


だからどうか、絶対に、生き抜いて。

十年後、二十年後、「これが私の『門』だったよ」と笑い合える日が来るように。それまで共に、諦めずに生き抜きましょう。

私もまた、『自分だけの門』を目指して前に進みます。



【追記】

この記事は、twitterの呟きを元に作成しました。

男性上司にあの言葉を言われたとき、私は本当に悔しかったです。
心の奥に押し込めながらも、思い出しては心が折れそうになる時もありました。
ですが、あれから五年。
諦めずに生き抜いてよかったと、今、心から思います。


【追記】その2

もっと身近に『普通の門』を歩いている人がいた。自分の夫だった!
ということに気がつき、産後、夫の考えが理解できなかった理由がわかりました。


【追記】その3

\マガジンにまとめました/



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