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週5フルタイムをやめます。


「体力のない医者選手権」なるものが開催されたら、ぶっちぎりで1位になる自信があります。


医者の仕事は体力勝負。長時間手術や当直など。マラソン選手のように、長時間にわたって一定レベルの仕事をすることが求められます。体調が悪くても、眠たくても、目の前の患者さんには関係ありません。必要があれば食事や睡眠をすっ飛ばしてでも仕事をすることは、少なくありません。

そんな激務にも関わらず、多くの医師は涼しげな顔をして勤務をしています。十時間の手術を終えた外科医は達成感に満ちた顔をし、夜通し救急対応し続けた当直医は何もなかったかのように通常勤務に移ります。マッチョでいかにも体育会系な男性だけでなく、ほっそりとした癒し系の女性ですら、そんな仕事ぶりをしているわけです。若かりし頃の私はそんな先生方の背中を見て「いつか自分も、この長時間勤務や短時間睡眠に慣れるだろう」と信じていました。

が。

現実は違いました。医者になって10年近く。いまだに他の医師と同じようには働けません。毎日8時間は寝ないとやってられないし、夜が更けると眠たくなります。思考力も判断力もギリギリの状態で、かろうじて業務をこなす状態です。特に睡眠時間が削られるのが辛くて、当直明けは、まるで自分が「ヘドロ」になったような気分になっていました。


とにかく、私は体力がありません。


同期、先輩、後輩いずれと比べても、施設内でぶっちぎりの体力のなさを誇っています。だからこそ、比較的オンオフがはっきりしている麻酔科を選び、日頃から有給をこまめに取り、体調を整えるようにしていました。


にも関わらず。


妊娠出産育休を経て、職場復帰となった昨年4月。私は「週5フルタイム」という、いかにも体力勝負な働き方を選びました。




出来るところまでやってみよう、と。挑戦した一年。


フルタイム復帰した理由を一言で言えば「お金」です。大学病院という特殊な世界では、フルタイム(週5)と時短(週3)の給与は驚くほど違います。時短だと手取りは十万円程度で、保育園料で消えるのは目に見えていました。

加えて、夫の価値観もありました。私が時短勤務を選んだ場合、彼は「家事・育児・保育園の呼び出しは全て妻が担当する」と思い込んでいたようです。手取りの給与が減る上に、家事育児を一手に引き受けることになるくらいならば、と。週5日のフルタイム復帰を決めました。(夫の名誉のために言えば、私が仕事復帰しいてからは、家事育児に当事者意識を持って取り組んでくれています。今では夫がいなければ日常生活が成り立たないほど、頑張ってくれています)


育休復帰。いきなりのフルタイム勤務。

正直、不安はかなりありました。なんといっても体力がないのです。毎日6時に起きて7時過ぎに出勤。人の命に関わる仕事をして、17時過ぎに退勤。そこから息子のお迎え、ご飯、お風呂、片付けなどをして、就寝。翌朝、また仕事に行く。

残業や夜間勤務がないとはいえ、日中フルで働いたあとは家事育児が待ち構えています。一日の仕事量が多くなるのは明らかでした。


それでも、フルタイム復帰で得られる収入や職場での立ち位置は魅力的でした。もしもダメだったら、途中で勤務日数を変更すれば良い。やれるところまでやってみよう、と。ちょうど一年前の四月、フルタイムでの職場復帰が始まりました。



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時間はあった。なんとかこなせていた。でもダメだった。


あれから一年。

来月から、勤務を週4に減らすことにしました。


理由は持病の悪化です。

もともと10年来の偏頭痛があったのですが、これが明らかにひどくなりました。復帰前は1年に1〜2回の発作が、復帰後は1〜2ヶ月に1回に。痛みもひどくなり、偏頭痛の治療薬を内服しても良くならないことも。ワンオペ中や仕事中に発作が起こることが多く、実家の親に助けてもらったり、仕事を早退していました。

さらに今年三月に入り、立て続けに発作が起こりました。毎週のように繰り返す頭痛。薬でも改善せず、身動きが取れないまま朝を迎えたこともありました。数日経っても痛みや重い感じが取れず、業務にも影響するようになりました。

さすがにこの状況はまずい。ちゃんと治療して、きっちり症状コントロールをしなければ、まともな生活を続けていけない。

布団の中で痛みに耐えながら、週5勤務を辞める決心をしました。



疲れすぎる前に受診する。


人間は「調子が悪い時ほど病院にかかれない」生き物です。

病院の受診って、意外と手間がかかります。症状を自覚して、病院を探して、診療時間を見て、電話して、予約をして、有給の申請をして、仕事を調整して、と。あまりにも疲れすぎていると、その複雑な作業が出来なくなります。


数年前、私はこの状況に陥りました。心身の疲労で休職をしましたが、医療機関を受診したのは休職してから一ヶ月後でした。今思えば「なんで早く病院にいかなかったんだろう」と不思議ですが、当時はそこまでの気力が残ってませんでした。


ギリギリまで頑張って、ダメになってからでは遅い。「偏頭痛を抱えながらも仕事を続けている」今こそ、ちゃんと治療をすべきではないか。

無理をして働き続けて、結果的に医師業ができなくなったら元も子もありません。勤務日が減ることで、人手や給与、その後のキャリアに影響はあります。ですが冷静に自分の体調を振り返ると、明らかに休息が必要な状態でした。



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見て欲しかったのは、日数ではなくプロセス。


週5フルタイムを辞める。


これを決めた時、仕方がないと思いつつも、悔しかったです。

自分で言うのも何ですが、私は「それなりに」勤務をこなせていると感じていました。フルタイムでワンオペ率も高いけれど、時短家電を導入したり、やらない家事を増やしたりして何とかやっていけている。夫も頑張ってくれている。むしろ休日や夜間勤務をさらに増やせるのではないかと考えていたくらいです。

だからこそ、週4勤務に「下げる」ことにはかなり抵抗がありました。勤務日数を減らすことで「子持ち女医でもフルで働けると豪語しながら達成できなかった」ことの証明になってしまう。復帰してから一年の努力が消えてしまうような悔しさ。家事育児をしてくれる夫の頑張りに応えられなかった申し訳なさ。ネガティブな考えが何度も頭をよぎりました。


それでも「今は体を治す時。症状が落ち着いたら、また戻せば良い」と自分に言い聞かせました。


勤務日が減っても、頑張っていた時間がなくなるわけではありません。

初めてのワーママ生活。考えて、悩んで、足掻いて、もがいて様々なことに挑戦しました。時短家電や家事の手放し。夫とのコミュニケーションや自分の心身の整え方。自分らしく、無理なく、快適に生きていくために、試行錯誤を繰り返した一年でした。

あの時の頑張りは、週4勤務になってもなくなりません。

医者同士であっても、夫婦で協力すればフルタイムで働ける。そのことを示したくて、必死に挑戦し続けました。働く日数は減りますが、そこに至るまでのプロセスはきっと、これから妊娠出産する後輩たちの役に立てるはずです。結果的に私は週5勤務を辞めますが、それも含めて「実家を頼れない共働き夫婦が、なんとか夫婦で協力して子育てと仕事を両立する」過程のひとつなのだと、示したいと思います。



これからのこと。


今年の5月から「週4フルタイム+月1休日勤務」になります。


空いた1日は、通院や休息に当てる予定です。通院以外の時間は、ゆっくり過ごしたり、学会発表の準備をしたりするつもりでいます。およその目処は三ヶ月。症状がコントロールできたら、段階的に週5に戻す予定です。


給与は2割ほど減りそうです。収入が減ることで「やっぱり週5で頑張ろうかな」と迷ったのですが、「いや、今は体が大事」と何度も自分に言いきかせました。

金銭的な不安があったので、ライフプランを作り直しました。その結果、贅沢はできませんが今まで通りの生活をしていても大丈夫そうと言うことがわかりました。ペースは減りますが、貯蓄も出来ることもわかってほっとしています。(ちなみに大学勤務医は高級取りじゃないですよ、念のため)



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週4フルタイムを「選べる」ありがたさ。


一般的に、多くの企業は「週休2日制」を敷いています。週5勤務が当たり前で、時短勤務もその中で勤務時間を減らすというもの。

一方で、今の職場には「週4フルタイム勤務」、いわゆる「週休3日制」があります。実際にそれで働いているワーママさんもおられて、今回の選択に背中を押してもらいました。

もしも週5フルタイムか時短かしか選べなかったら、金銭的なことも考えて週5で働き続けていたと思います。そうなっていたら、どこかで体を壊して休職になったかもしれません。週4勤務の選択肢があったことは、本当に幸運でした。


フルタイムか時短か。週5勤務かパートタイムか。

二者択一ではなく、さまざまな働き方が広がって行けばいいな、と感じました。週5は無理でも週4なら。毎日フルタイムは無理でも、週2だけなら。細かく働き方が調整できれば、選択肢が広がり、働き続けられる人も増えるかもしれません。

多様な働き方を支えるためにも、夜間休日を含め、自分の働き方を広げていきたいと思っています。そのためにも、一時的に仕事を抑えて、療養していきます。






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