ミカンに目一杯のワルをこめて
「なあ、お前が人生の中でした、一番悪いことってなに?」
ええと、それは。
夜の校舎の窓ガラス割りまくり大会開いた的なアレですか。
それとも、二階から飛び降りて腰を抜かしました的なアレ?
けど窓ガラス割ったら器物破損で紛うことなき犯罪だし、べつに二階から飛び降りて自分で怪我するぶんにはただの遊びでは。
. . . わるいって、なんだ。
親譲りの無鉄砲でもないし、かといって静かな優等生にもなれなかった自分。頼むからそんなこと聞かないでほしい。
だけど、考えているあいだに周りの表情を伺えば「お前にはそういうのは無さそうだよな」という思いがありありと見て取れる。
なんなら別にないなら良いよ、くらい言いそうなカオだ。
ちょいワル面白い奴選手権があったとして、金メダルを取りたい・取ろうとは全く思わないけれど、勝手に選外といわれるのはやっぱり気に食わない。
つまらない奴だと言外に言われたような気がして、わたしはムキになった。
「わるい」=「なにか怒られるようなこと」
と勝手に自分のなかで定義づけて、記憶の引き出しをフルスピードで開けていく。
引き出しの中に隠れているはずの坊っちゃんを全力でさがしていると、
「そうだよなあ、ねえよなあ(笑)」
と案の定片付けられそうになった。
慌てたわたしは、咄嗟に引っ張り出したなけなしのワルな少女時代の記憶を叩きつける。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ、反省文、書いたよ!!!!!」
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当時のわたしは、中高一貫の女子校に通う、ピュアッピュアな14歳の少女だった。
部活は管弦楽班。
母校は何故かどの部活も、〜部、ではなく〜班、と呼んでいた。なぜだかは知らない。
部活部活にまっしぐらの中学生というものは、昼練にいち早く向かうべく、いつも2限には早弁を終えてしまう。そのせいで、彼女らはお昼休みが終わる頃にはすでにお腹がすくよう、狂った体内時計が示すようになるのだ。
例に漏れず部活まっしぐらガールだったわたしはいつも、母がお弁当に入れてくれるミカンを必ず残していた。
もちろん、3時のおやつのためだ。
最後の授業と終礼とのスキマ時間に食べられればいいんだけど、友だちとのおしゃべりと帰り支度に忙しくしていると、なんだかんだ食べそこねちゃう。
とうぜん終礼が終わったらすぐに、部活の教室へダッシュだし。
…なんて言い訳をつけながら、わたしはしょっちゅう終礼中にミカンをおいしく頬張っていた。
来週の保護者会のプリントの話なんかをしてる先生をぼんやり見つめる。
パクパク、パクパク、パクパク。
大事なおやつはちょっとずつ食べたい。
これの何がワルいというのか。
そう、これが青春ドラマや漫画の世界なら、体育会系の先生が生徒を指差しして、「おーい山田!食ってんじゃね―ぞー(笑)」的なノリで許してもらえるところだ。全然オッケー。
されど、ここは女子校。現実世界だ。
自由な校風がウリですとは言いつつも、活気の有り余ったお転婆ゴリラ達をを扱う先生たちは、なんだかんだと規則にウルサイ。なにかと騒ごうもんなら、「いいですか、本当の自由とはですね…」とお説教が始まってしまう。
そして案の定、わたしは怒られた。
「あんた、なんで終礼中に、ミカン食べてんの。」
しかし当時のわたしは、口では「はあい」、と返しながら、来る日も来る日もミカンを食べ続けていた。
今思えば、何故そんなことをしていたのか、さっぱり分からない。
だけど、優等生といえるほど優秀でも静かでもなければ、破天荒とよばれるほど目立つことを仕出かすタイプでも無い微妙な立場にいたわたしにとっては、ミカンを食べ続けることは「なにか」への精一杯の反抗だったのかもしれない。
終礼中、ひたすらミカンを食べ続けてはや数日。
とうとう先生からのお呼び出しをくらってしまった。
「カオナシ(名前)、あとで職員室に集合。」
集合って複数人を集めることであって、ひとりじゃ集合じゃないよね。せんせーなんだから日本語正しくつかおうよ、なんて友だちにブーたれて笑われながら、職員室に向かう。
ああ、めんどくさい。怒られるようなことしてないじゃん。
反省のハの字も無い当時のわたしは、「まあでも、職員室に呼び出されるとかさ、ちょっと漫画とかドラマっぽくない?」と若干ウキウキしてすらいた。
(もしかしたらこの現象は女子校生(≠女子高生)の弊害だったのかもしれない。)
職員室に入ると、仕事してるふうだけど明らかに待ち構えている担任の先生の姿がみえる。
とりあえず宝塚の音楽学校生さながら、出来るかぎりの神妙に見える表情を作ってみることにした。
先生「あんたさ、何が悪いかわかってんの?」
わたし「終礼中に、ミカンを食べたことです」
先生「何度もさ、注意したよね。それなのに、なんでまたミカン食べんの?」
わたし「早弁をして、お腹が空くからです」
先生「終礼中に食べる必要は無いでしょって言ってんだけど」
わたし「…っ、無意識に、食べてしまうんです」
先生「じゃあその無意識をやめて」
わたし「わかりました」
じぶんの屁理屈は棚にあげて、「無意識はやめらんなくないですか?」というツッコミをはさすがに飲み込んだ。
先輩に話がいきわたるとか親に電話が行くとか、そういう大事になるのは御免だ。
お説教が15分くらい続いた頃、"職員室で怒られるイベント"は漫画やドラマだから良いのであって、現実はちっとも面白くないことをしみじみと思い知る。
主人公やその周りの彼らはが怒られるときは、もっとドラマチックな理由があるから印象的なのだ。
間違ってもこんなしょうもない理由では無い。
シンプルに恥ずかしいし、めんどくさい。
結局、反省文を書くことでこの場の免除されることになったので、おとなしく書いてこの場を退散することにした。
こんなアホなことに新しい紙を使うのが紙に申し訳なくて、メモ書きにつかったルーズリーフを手で破って反省文の用紙をつくる。
【反省文】
私カオナシ(名前)は、今後二度と、終礼中に"無意識に"ミカンを食べません。
以上
2014.2.24 2年B組7番 カオナシ
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冷静に思い返してみれば、ちょいワルでも何でもないような、ただ恥をかいただけの中学生時代の一ページなような気もしてくる。
(いちばん申し訳ないのは先生だ、ごめん)
実際、この話をしたあとの周りの人の反応をわたしは覚えていない。
所詮、のほほんと生きてきたわたしの破天荒(っぽい)ネタは、ミカンの反省文が限界だったのだ。
じゃあ結局、ワル、って一体なんなんだろう。
誰かを傷つけるのとはちがう、"ちょいワル"な何かに惹かれる、なってみたいと思ってしまう気持ち。
今もふとした時に気がつく、わたしの中のワルへの憧れ。
これって何歳まで続くんでしょうか。
はたまた、わたしはまだ思春期のさなかにいるんでしょうか。
(季節的にミカンは無かったので、ミカンっぽい柑橘の写真を撮りました。もしかしたら、母が入れてくれていたミカンだと思っていたあの柑橘も、ミカンじゃなかったのかもしれません。)
2020.5.14 カオナシ
モロッコヨーグルト大量買いします