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手のひらいっぱいの蝉の抜け殻 / エッセイ

最近の趣味は大学までの道中で蝉の抜け殻を拾うことである。通学路の途中にはちょっとした公園があり,そこの木々に蝉の抜け殻が多くあるため、何となく取りたくなったのだ。その印象から拾い始めてみると、他の場所にも見つかるので、次々と拾ってみたくなった。そしていると,大学に着く頃は手のひらいっぱいに蝉の抜け殻が手に入った.それを見るとちょっとした幸福感、あるいは中小学校の頃のコレクションに似た刺激を感じてきて,虫を集めることの楽しみは27歳の今でも、10歳の頃と変わらないようだ。蝉の抜け殻を集めることから始まり、その後種類を知りたくなったり、同じ蝉の抜け殻でも大きさや泥の付き方などに違いがあることに気づいたりした。それらの小さな発見をインターネットで調べて,これがニイニイゼミだとか、ひぐらしなのかと独り言を呟いて大学に行くようにもなった.

ただその喜びに加えて、ちょっと俯瞰した目線も持つようになり、この手のひらいっぱいに蝉の抜け殻を集めたと同時に、手のひらいっぱいの命を感じるようになってくる。まぁ正確にはそこには命はないのだが、でも抜け殻とは言え、まだそこにはかすかな命の残りのようなものを感じてくる。

最近は大学で研究論文をたくさん書いていた。だいたい論文執筆というのは一回書き上げて終わりではなく、修正を繰り返す作業である。書き上げた論文を修正し、さらに修正し.その結果,研究室の部屋には自分が書いた論文の山が溜まっていった.その時に蝉の抜け殻を集めていたことから、修正していく過程での論文が、蝉の抜け殻に見えてくる。例えば、私は論文を修正するとき,論文を実際に印刷してボールペンで、ここが良くないとか、あれが良くないとか書くわけなのだが、改めてその論文をその一枚一枚見てみると自分の命の残りカスが見えてくる。そう思うと、普通だったら修正した論文なんてただの紙屑なのだが、何だか愛おしいな.

論文を無事提出した今日、修正した論文の命カスを弔うために,久々に小学生が使うようなファイルを買い、修正のために書き込まれた論文マテリアルたちをファイリングし、そのファイルの名前をセミの抜け殻とし、研究室の論文リストにこっそり入れておくことで、ひっそりとした満足感を得たのであった。


この文章は,音声入力+ChatGPTの原案のもと,加筆修正したnoteです.
実験的にこのような執筆方法です.


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