耳が痛いことを言ってくれる人を持つこと

読んだ本の紹介をします。

最初に余談を少し。
最近読んだこの記事が気になりました。


自分はサッカー好きなので内田篤人の実績とキャラクターを考えるとこういうキツめなことを言うことはそれほど驚きではないのですが、あまり知らない人からするとパワハラに近いような言葉と捉えられるのではないでしょうか。

とはいえ、一度立ち止まって受け止める価値のある言葉だとも思います。

僕はサッカーをやっていましたが、チームの作り方として、仲良しこよしのチーム、もしくは集団は強くない。そして勝てない。自分が苦手なことをサポートしてくれる、手助けしてくれるのが仲間ではない。自分の苦手なことを補いながらも、自分たちのレベルを上げあう。そういう集団になってほしい。


「仲良しこよしのチーム(集団)は強くない」という言葉がサッカー好きの人間なら内田の経験に裏打ちされた言葉とわかるのでより理解しやすいと思いますが、人間が成長するのは、助ける・助けられるの関係以外のところにあるというのはなかなか言い得て妙だと思いました。


というわけで本題はここから。
前回の記事で言及した本です。


ナナメの夕暮れ(若林正恭)

オードリーの若林が書いたエッセイ。

あれだけ実力のある芸人でかつ読書好きということもあって非常に読みやすいです。

印象に残った箇所がこちら。

しくじり先生の貴重な授業の数々で自分の心に一番残ったこと。それは「自分の弱さと向き合うことが一番難しい」ということである。特定の信仰を持つ人が少ないこの国では、自分の弱さを神の視点を通さずに自らの力でじっと見つめるのは難しいのではと感じた。
(中略)
人は自分の欠点と向き合うことからはよく逃げるが、他人の欠点はいとも簡単に指摘する。
(中略)
では、3年間の授業で"しくじり"を回避する一番の方法は何だと思ったかというと、それは"耳が痛いことを言ってくれる信頼できる人を持つこと"である。「自分では自分のしくじりの種には気づけない」というのが、約120回の授業を受けたぼくの結論であった。
それは真実として今も胸の真ん中に居座っている。

しくじり先生という番組のMCを若林が務めていたことを受けての一節。

自分で自分の欠点(失敗)に気づくことは非常に難しいから、「耳が痛いことを言ってくれる信頼できる人を持つこと」が最も大事という話です。

自分が正しいと思っていることに、他人から何か言われると、ムッとしまいがちですが、それにイライラしてフラストレーションを溜めるのではなく、一度立ち止まって自分の足りない部分について考えて、試行錯誤して、改善していく、、という捉え方は自分を前向きにしてくれる習慣だと思います。

もちろん「信頼できる人」というのが大前提なので、ただの耳の痛いことを言ってくるだけの人からは距離は取りましょう。

生きやすく生きれるように考えたいところです。



今回は以上です。

今回は気分転換でタイトルのスタイルを変えてみました。色々考えてみます。

お読みいただきありがとうございました。

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