魔女宅が好きだ。

先週の金曜ロードショー、魔女宅だった。

周りの友達は、もののけ姫が好きな人が多い。
でも私はなんだかそういう壮大な物語は好きになれなかった。
私はやっぱり魔女宅が好きだ。

ウルスラの台詞に”ある日絵が描けなくなった。それまでやってたことが誰かの真似だって気づいた。自分の絵を描かなきゃと思った。苦しいのは今も同じ。”というような内容の台詞がある。
私は絵ではないのだが、少し自分の病気の経験に重ねてしまう部分がある。

私は、19歳まで、何も考えずに生きてこれた。
それまでは、普通に生きて、普通に食べられていた。
だけど、それが徐々に食べられなくなった。生きるのが苦しくなった。
摂食障害の期間を経て、今は、食べられるようにはなった。
しかし、治ってきたと思ったら、元に戻ったという訳ではなかった。
傷つきやすく、疲れやすく、気分の起伏が激しい自分が出てきた。
それと付き合い始めて数年、もう楽な自分に戻ることはないんだと溜息を付いている。
自分の心に付いていくのが、非常に大変である。

ウルスラの言葉と少し寄せると、
19歳までの自分は他人の後を追って生きてきたから、楽に生きてこれたのだと思う。
摂食障害は、他人に沿って生きる層と自分として生きる層の間の大気圏のようなグレーな期間であったような気がする。
今までの生き方から、違う生き方へシフトしていく過程であったのだから、戸惑いばかりで大変だった。苦しみもがいた。周りも振り回した。
摂食障害との共存が段々できるようになってきて、他人に沿って生きてきた殻が剥けて、つるんと出てきた自分も、相当、コントロールが難しく、19歳までと違う乗り物を操縦している感覚にある。この新しい機体も、古い機体と同じ年数くらい乗りこなしていれば、もしかしたら、慣れてくるのかもしれないが。まだまだ年数が浅いせいか、毎日苦しくて生きづらい。

自分の絵を描かなきゃいけないと気づいた後でも苦しむことがあるウルスラの状況と似ているのかもしれない。

魔女の宅急便。前は「このシーンが好き!」というように、なんとなく好きだったのだが、キャラクターが言っている台詞に意味を見出せるようになった。
それも病気のおかげなのかもしれない。

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