書くことでサバイブした、ある日の話

私にとって、死にたい気持ちがおさまる方法は書くこと、人に話すことである。この文章は、書くことが、死にたいという気持ちをおさめるのに、ある程度、効果的かもしれないという考えについて記す。
※必ずしも全員に有効とは限りません。個人差があると思います。
※精神疾患の専門家ではありません。元精神疾患患者です。


ある日の死にたい朝から元気になる夜までの一日


朝7:30 
起きるとすぐに死にたい気持ちで溢れている。
→とりあえずの応急処置で、最低限の支度を済ませたら、本日1回目の心のトイレ(書くこと)を決意。私は化粧、服装等、いかなる身支度よりも優先的に書くことを済ます。そうしないと、心に余裕ができず、限界を迎えると涙が出てきたり、ミスが多くなる為である。

7:45-8:00 
1人になれる場所で書く。
→自分の中は、嫌悪感で既にfull状態。心の中に余裕はない。何もかもがノイズになり、入ってくる物が全て嫌な状態。周りの環境が作る音から離れた所で、自分1人だけの空間で書くことに集中する。
※書くことに慣れていない場合は、「死にたい」「自分が嫌い」「あー」「…」でもなんでもいい。何かをとりあえず書く。(もし書いた紙を他人に見られたくない場合は、家のシュレッダーで処分、若しくは、ビリビリに破ってゴミ箱に捨てる。)

出勤直前 
どこかのお店に入って30分程、書く。
→「死にたい」という気持ちを満足いくまで書き続ける。
※通勤中に公共機関を使うなら、電車・バス内でもストレスが溜まる。もし、移動中におけるストレスをも我慢できない状態なら、乗車前に書く方が良いと考える。

通勤中 
無理して元気になる曲を聴かなかった
→元気になりたいから、元気がチャージできる曲を探すと更にエネルギーを投じることになる。

昼休み 
無理して昼食を食べなかった。
→この日は職場を出て、お店に入り、30分間書いた。
「死にたい」を書くことに満足したら、「何が自分を死にたい気持ちにさせたのか」トリガーになった物を書いていく。「何が嫌だったのか?なんで、それを嫌だと思ったのか?」「自分のどういう所が嫌いなのか?なぜ自分が嫌いなのか?」既に書いた「死にたい」の下に書いていく。

午後の勤務
少しずつ余裕が出てきた。同僚と話をする余裕も出てきた。


今後の計画を練った。現実にまた向き合い始めた。

やはり書くことで乗り切ったような気がする…

この日の死にたい気持ちにさせたであろう原因3点

原因①周りと比べた
前日、幼馴染に会った。友達が「結婚した話」「学歴の話」「大企業で勤めている話」「結婚式をした高級ホテルの話」「夢を叶えている話」「海外でキャリアを積んでいる話」等を聞いた。
→以上の「」内を、していない自分、しようとしない自分に気づく。(そもそも、「」内の項目を自分が叶えたいかは明確になっていないのにも関わらず、"周りは人生進んでいそう、幸せそう”という感覚に襲われる。)
→自分は劣っている。自分はダメだと考える。
(尚、幼馴染は、私とは全く違うタイプの人間である。友達と集まることが好き。ポジティブ思考(に見える)。幼馴染は私にできないことを多くこなす為、違いが見えやすい。その為、比べてしまったのかもしれない。)

原因②自分が上手くいってなく、相手が上手くいっていそうだった為。
最近、自分の今後を現実的に考え始めて、経済的に難しい、必要なスキルがない等、壁にぶつかっていた所だった。やりたいこと、達成したいことが沢山あり、それらを並行してできないことも悩みだった。優先順位を付けられないことも悩みだった。

原因③体調不良の為。
口内炎ができており、口の中が他のことに集中できないほど痛かった為。

「死にたい」を未然に防ぐことも書くことで予防できるか。

原因①は、普段から、書くことをし、”安定的に思い続けている”自分の幸せ、”安定的に思い続けている”やりたいことを、ある程度、認識し、頭の中に置いておくのがいいのかもしれない。その人の根本の部分が、一日で、急変することは、そうそうはないと思う。その為、”安定的に思い続けている”自分の幸せ、”安定的に思い続けている”やりたいことも急には変わらないかと思う。相手から一見、“羨ましい“話を聞いたとしても、日頃から、自分の幸せや目標を、書くことで明らかにしていると「ちょっと待てよ。私の目指すものは、この前、書いたよな?この人の目指すものとは違うぞ?他人は他人、自分は自分だ。」と自らの足元を見ることができる気がする。友達や外の世界(SNS、TV、インターネット等)と交わった後の、一過性の自分の揺らぎは、日頃から書き、自分の軸を認識しておくことで、防げるかもしれない。
原因②の、自分は上手く行かない時に相手が上手くいっていそうな状況でも、書くことは有効かもしれない。書くことで、自分を客観的に見れる、また書いた内容を目と手が覚えている気がする。外の世界と交わる前に、「自分は最近、上手くいっていない」と書いておくと、「自分は、今は上手くいっていない」ことを認識できる。そうすると、「そうだった。さっき自分は上手くいってないと書いたばかりだ。確かに、今、自分は上手くいっていない時だ。だけど、上手くいかない時期も永遠と続くわけじゃないよね。」と思える気がする。

但し、書くことで"心のトイレ"をよく行う私も、無意識の場所にある、”自分の幸せ”、”やりたいこと”等は、なかなか表に、意識の上に、上がってこないことが多い。
自分の中で、ある程度、決まっていて、動かないことがあっても、周囲からの影響で多少、変動していくこともある。
書くこと、自分を知ることも完璧にはできない。
だから、難しいことではある。

書くことの研究は続く…

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